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Taylor Richardson家 in 公園

【side ヒデト】 「ぅ、ヒック、っ、ぇ」 ボロボロに汚れた服をそのままに、目の前で大粒の涙を流す弟。 事の発端は、お袋と出かけた公園。 「今日は私が面倒見るから、たまにはゆっくりしなさい」と近くの公園へ遊びに連れ出していた。 で、帰ってきたから出迎えてみれば思いっきり泣いてる姿。 一体どうしたんだとお袋へ目を向けると、苦笑気味に口を開いた。 「近所の子たちと、ちょっとね……」 (近所の子…喧嘩か?) 男だし喧嘩は普通にするか。 だが正直こいつは……俺とも歳離れてるしいつも妹の言いなりになってるしで、ロクに喧嘩したことないんじゃ…… 「おにいさま聞いてっ!? この子ったらすごくよわいの!わたしがやっつけたんだから!」 (あぁ、やっぱり) えっへん!と威張る妹の後ろに隠れ、小さくすすり泣く弟。 はぁぁ…と溜息を吐き、とりあえず傷の手当てだと屋敷の人を呼んだ。 *** 「おい」 「っ、」 手当が終わり、妹は疲れて寝てしまって。 自室でボーッとしてる小さな背中に声をかけた。 「お、おにぃさま」 「………」 向かい合うように座り、見上げてくる弟を見つめる。 「なんで喧嘩になった」 ビクッ 「っ、」 「怒ってるわけじゃねぇ。ただ、気になって」 こっちから喧嘩をふっかける奴じゃない。ということは、向こうから。 一体何が原因だ? そこを聞かないことには、こいつはまたーー 「…こ、ことばが……」 「言葉?」 「ことばが、へんだって」 ーーあぁ、成る程。そういうこと。 「しゃべりかたがちがうって、なんかおかしいって、いみのわからないことばもつかうし、おまえへんだって……ヒッ、ぅえぇ…」 落ち着いてたのに、また泣き出した弟。 言葉が変なのはしょうがない。だってこいつは生まれてからずっと日本にいたから。 アイツや他の外国籍スタッフが英語で話しかけてたから問題なく英語も喋れるが、やはり生粋の現地民からするとイントネーションなどが違うんだろう。 (歳を取れば「そんなことで」と言えるが、この年齢ではキツイか) 〝周りと違う〟 それだけでイジメに発展する子ども時代。 これから幼稚園や小学校へ通うにあたり、これは嫌でも直面する壁だろう。 ーーだが、 「おい、知ってるか? お前みたいなの〝バイリンガル〟って言うんだぜ」 「ばい…りんがる……?」 「あぁ」 バイリンガルはすごい。 だって2つの国の言葉が自由に使える。 大人になってこれを修得するのはなかなか難しいし、子どものときから慣れ親しませとくのが1番。 特に、日本語で喋りかける母と英語で喋りかける父との会話を難なくこなすお前ら兄妹は完璧だと思う。 「俺でも努力したんだ、すげー難しいし。 でも、お前は簡単にできてる。当たり前じゃねぇんだよ、これ」 「そう…なの……?」 「そう。だからそもそもお前は勝ってんだよ、1ヶ国語しか話せない奴らに」 「っ!」 「それともうひとつ。 2ヶ国語話せるってことは、その分多くの人と話をすることができる。ということは?」 「と、いうことは……?」 「その分いっぱい、友だちができんだろ」 「!! ともだち……!」 やっとキラキラ輝き出した弟に、笑いかける。 「お前は将来、公園で会った奴らよりも絶対ぇ友だちができる。だからなんか言われても多少のことは気にするな。 大人になって見返してやれ」 「ぅん…!」 「あと言葉が変とかイントネーションだとかは、住み続けてりゃ自然と移る。時間が解決するから大丈夫だ」 「わかったっ!」 「あとは、そうだな…んー…… ーー〝喧嘩〟っていうのはな」 膝の上で丸くなってる小さな拳を、ゆっくり掬い上げる。 「相手が手を出してきてから初めて手を出すもんだ。 拳銃とかナイフとか武器だったら別だけど、拳ならそう。 やられっぱなしは弱虫だけだ。ほら、今すげぇ惨めな気持ちだろ? もうこうなりたくないなら、一発殴り返せ。一発でも当たりゃいい、めちゃくちゃ気持よくなるから。それを繰り返せば段々当たってくる」 「だんだん…あたって……」 「あぁ。だが、無意味な喧嘩はこっちからふっかけんな。拳が勿体ねぇ。 こういうのは、ちゃんと大事なときにとっとくんだ」 お前は男だから、妹より体が大きくなる。 お袋よりもデカくなるだろう。俺やアイツも、もしかしたら身長が抜かれるかもしれない。 「だから、今は守られっぱなしだがこれからはお前も守ってやれ。いいな」 「ーーっ、うん!!」 (おっし) 2歳児相手に結構大人なことを言ったが、まぁ伝わるとこ伝わればいいだろ。 ……さて、 「そんじゃ、作戦会議するか」 「? さくせん?」 「このまま負けっぱなしは嫌だろ。 もっかい行くぞ、いいな」 「!! わかった……!」 兄としてできるのはこんなもんかと思いながら 両手でグッと拳をつくるやる気満々な姿に苦笑し、その頭を撫でてやった。 *** (お、来たな) 「わたしも行きたい!」と言う妹をお袋に預け、弟と2人の公園。 1人遊ぶのを離れたところで見ていると、早速数人のガキたちが寄ってきた。 背丈的に3〜4歳か、妹よりもデカく感じる。 あれに勝ったのか、妹すげぇな。 教えた通り、先ずは離れてある程度距離を空ける。それから考えるようにする。 パッと一定の距離をとった弟に「よし」と頷きながら、静かに見守った。 (おー吠えるな) 案の定、「今日は女はいないのか」など、「弱虫」を強調するような発言が多い。 それに服をギュっと握りながら一生懸命聞いていた背中が、揺れる。 「うるさいっ!」 突然の大きな声に、ガキたちが怯んだ。 そのまま精一杯の声量で言い返していく弟。 そう、先ずは〝言葉〟だ。 暴力に頼るのは弱い奴がすること。先ずは言葉で戦って、それから相手が手を出してきたら応戦する。 ーー〝言葉でも人は殴れる〟ということを、むかし俺も教わったから。 (いい感じだな) 視線を逸らさずへこたれず、ずっと前を向きながら喋る弟にタジタジになってるのが見える。 気迫ってあるよな、俺も圧力かけられたときのプレッシャーは感じたことあるから分かる。 前とはまったく違う様子の弟に、びっくりして言葉も出ないってか。 (でも、ま、ここまでかな) 相手はたかが2歳。 それに負けるなんざこっちの面子がまる崩れ。 言葉じゃどうにも勝てない。一生懸命喋りすぎて変な国の言葉も混じってるし、何言ってるのか聞き取れない。 ーーなら、暴力で。暴力しか ないだろう。 ゆらりと、ガキたちが弟へ近づくのが分かる。 元を辿れば、こうなったのは俺のせいだ。 俺が原因で両親は日本に長く住み続け、結果弟は海外を知らないまま英語を喋ることになった。 今イントネーションや日本語のことでイジメられてんなら、それは間違いなく自分が引き起こしたこと。 自分の責任だ。 だから、 (俺も、ちょっと許せねぇってか) 近づく奴らよりも早く、静かに弟の背後へ歩いていった。 ピタリと止まる足。恐る恐る見上げてくる顔。 それに、盛大な圧をかけながら応えてやる。 「ヒッ」 ビクリ!と大きく体が震え、あっという間に蜘蛛の子散らすようガキたちが駆けていった。 まぁ、少しだけ。 自分で言っててなんだけど、目の前で弟が殴られるのは見てられないというか。 大人気ねぇけど。 「おにぃさま……っ!」 振り返った弟が、満面の笑みで抱きついてきた。 「やったな」 「ぅん!やった!かった!!」 キャー!とはしゃぐのを抱き上げ、頭をグリグリ撫でてやる。 俺の力もあったが、今回はこいつの頑張り。 この経験が少しでもこれからの自信に繋がればいいと思う。 (ま、あれだけ怯えてたしもう大丈夫だろ) 近所だからまた会うだろうし、徐々に仲間の和に入れてもらえるんじゃないだろうか。 とりあえずは一件落着ってことで。 「帰ってお袋たちに報告するか」 「ぅん!するっ!」 肩車をしてやりながら、ゆっくり公園を出ていく。 これだけ歳が離れてるから、兄妹たちの成長を見守れるのは僅かなんだろう。社会人になったら家を出るだろうし。 でも、だからこそ出し惜しみせず自分が培ったものを伝えるようにしていきたい。 少しずつ、少しずつ。 (だから、お前らも) ゆっくりゆっくり、大人になっていけば いいと思う。 (ただいま) (おかえりなさい!どうだったあの子たちとのたいけつは!? ……って、寝てる?) (あぁ、気ぃ張ってたみたいだぞ) (そんな〜、じゃあ起きるまでおあずけ?) (ククッ、だな。 起きたらちゃんと、こいつの話聞いてやれ) fin.

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