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寝てる後ろで……編 2 叱られた黒猫は

 ――だってさ、入り込む隙間、ちっともないんだもん。  彼女はそういうとまた笑って、ここで大丈夫って、大きな道をスタスタと渡った。そして反対側の歩道を俺と同じ方向へ歩き出したけれど、早くて、そして人も多くて、あっという間に見失ってしまった。 「……」  入り込む、隙間、かぁ。 「……ただいま」  ない、かな。  久瀬さんはベッドの右半分を陣取って寝てた。いつもは俺がいる側なんだ。狭いベッドで俺が万が一にも落ちたら大変だって、肩でも腰でも打ってしまったらと心配性な久瀬さんが普段は左側。右側は壁にぴったりくっついてるから、奇想天外な寝方をしない限り落ちることはない。  その右側で本を広げたまま寝ちゃってる。 「……毛布くらいかけないと、だよ」  もう秋なんだから。  毛布を起こさないようにそっと上からかけて、それでも起きないことを確かめてから、シャワーだけでいいやってバスルームへ。面倒だけれど、汗臭いままベッドには入れないから。それに散歩から帰ってきたら、猫だって足くらいは拭くでしょ? だからさ。ちゃんと主の服を汚しちゃわないように綺麗にしないと。  ちょっとだけ、メッセージしてからにしては遅くなっちゃった。  叱られるかなって思ったんだけど、執筆忙しいから疲れてたよね。あのメッセージも邪魔だったりしないかな。本、読んでたけど、待ちぼうけ、とかだったら、なんて、それはないか。きっとインプットの最中だったのかも。  シャワーを終えて、髪を乾かして、そっとそーっと。  ――今、付き合ってる人のこと大好きなんだぁって感じ? すごい幸せそうっていうかさ。  うん。幸せ、なんだ。  ――ちょっと可愛い感じ。年上? もしかして。  当たり。なんでわかったんだろう。そう。年上の人だよ。可愛い、かったらいいけれど、どうだろう。久瀬さんにどう見えるかな。やっぱさ、クライミングのコーチ始めたから、少し体格戻っちゃったし。気をつけてるけど、やっぱり筋肉付いちゃうから。  ――だから、なんかもう、ご馳走様ですって感じ。  だって、久瀬さんのこと、大好きだし。  そっと、こういう時は心底願うんだ。本物の猫になりたいって。そしたら、主を起こすことなく寝床に入り込めるから。  けど、今日は起きないみたい。  疲れてるのかな。普段だと、ベッドが少し軋むだけで目を覚ますのに。今夜は起きそうにない。すーすーって寝息が聞こえてる。  あと、彼女には言わなかったし、気がつかれなかったみたいだけれど、もう一つ、昔と違うことがある。 「……久瀬、さん?」  少し、我儘になった。  さっきは起こさないようにと猫になりたいって願ったのに。今は、起きてくれないかなと、願ってる。  ねぇ、久瀬さん。 「……」  久瀬さんのことを話したら、すごく恋しくなったから、したくなったのに。 「……っ」  したかったのに。 「ン」  主は起きてくれないみたい。 「っ……ン」  ねぇ、たまらないよ。だってこっち、久瀬さんの陣地じゃん。なんで? 同じシャンプー、石鹸を使ってるのに、久瀬さんの匂いなんだろ。 「……」  したく、なっちゃったら、ダメかな。 「ンっ」  そっと身じろいで、肩のところに鼻先を擦りつけた。ごつごつしてて、硬くて。 「ん……っ」  好き。  この人の肩にしがみ付いて、突き上げられるの、たまらないんだ。セックスの時はほどいてる長い髪がその肩から滑り落ちて、腰使いに合わせて揺れるとドキドキする。シャンプーの香りなんてそう強くないはずなのにクラクラしてきて。  もう寝ようとしてたのかも。普段はしばってる髪をほどいてたから。そしてその長い髪がちょうど使われてない久瀬さん本人の枕の上にあった。 「あっ……」  ど、しよ。手、止まらなくなった。これ、ちょっとやばいよ。久瀬さんの髪に鼻先を押し付けて、匂いだけでこんなになっちゃうのって、変? なのかな。  変だよね。だから、起きて叱って欲しい。一人で遊ぶなって。 「ン、ぁっ……ン」  叱って? 「久瀬さんっ」  じゃないと、きっとあとで溜め息レベルだよ。これじゃあんたのシーツ汚しちゃうかも。あんたの枕だってきっとダメにしちゃう。  あんたの綺麗な黒い髪を涎でべちょべちょにしちゃうかも。 「ふっ……ン」  前を扱きながら、そっと手を後ろに持っていった。すごいことしてるって自覚しながらやめられない悪い飼い猫なんだ。  散歩をしてたら急に主の腕が恋しくなって、一人でさ、帰ってくる電車の中で会いたいってずっと思ってた。ただいまって言って、少し遅くなったなって叱ってくれる主の唇を舐めて謝るの。そんで、舌先を入れさせてもらって、あとはもうゴロゴロって啼くんだ。 「ンっ」  後ろに指、入らない。  濡れてないから。けど、もう前が濡れてるから。 「あっ……ン」  その前を扱いて濡れた手で後ろをいじった。くぷりと侵入する指先に孔がきゅっと締め付ける。指が感じる窮屈さは、久瀬さんがいつも。  ――ちいせぇな。 「あっ」  いつもそう言ってから笑って、キスしながら、ほぐしてくれる。  ――壊れそうだ。こんな細い腰。  壊れないよ。だって、貴方に抱かれるのは気持ちイイばかりだから。 「ぁ……ン」  ――クロ。 「ン、久瀬さん」  起きてよ。 「ンぁ、ンっ、イっちゃうっ」  起きて、ここに久瀬さんの大きいの埋めて。 「ン……は、ぁっ」  俺の指じゃ、足りない。欲しいのはもっと太くて大きくて、熱くて、すごいの。 「ぁ、あっ」 「スケベ」 「!」  心臓、止まるかと思った。 「隣で甘い声で啼き始めたと思ったら」 「ぁ、やだ、見ないで」 「やらしいなぁ、うちの愛猫は」 「あっ! んんっ」  そそり立って、熱をパンパンに詰め込んだ射精寸前のそれを指で、ピン、って弾かれた。その刺激に腰がカクンと踊る。 「エロすぎだろ……」 「あっ、久瀬さん」 「主の髪にキスしながらオナニーなんて」 「っ」 「見せて」  組み敷くのではなく。 「射精するとこ」  キスできるギリギリまで近づいて、けれど指一本も触れることなく主が言うんだ。 「……クロ」 「あっ、嘘、こ、んな」  触れるのは黒い髪だけ。上体を重なり合うギリギリまで伏せて、唇に髪だけで触れて、主が。 「甘い声で啼くとこ、見せて」  告げるその低い声で、唇に感じる黒髪の優しい刺激で、甘く啼けっていうから。 「あ、あ、あ、あっ、あああああああああっ」  主が大好きな黒い猫ははしたなくいやらしい姿を見せびらかすんだ。

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