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24.誘惑

「見てる」 リリマのその一言で、ダグラナたちを包む空気は一変した。 命からがら神殿から抜け出し、その裏手の森をあと少しで抜ける……という時だった。追っ手が放たれているかもしれないとはいえ、ノーラッドの特性がある状況下では、さほど警戒するような雰囲気ではなかった。 「え…っ、なに…リリマ。どうしたの…?」 困惑したダグラナはノーラッドを見るが、ノーラッドも少し険悪な表情を浮かべていた。どうやら状況を理解しきれていないのは、ダグラナ1人だけのようである。 「お前もそう思うか、リリマ」 「えぇ。私はたった今気づいたけどね……ノーラッド」 「いや、俺もずっと違和感は感じていたんだが…なんせ来たことのない森だからな、確信が持てなかった」 そこでやっとダグラナも理解する。リリマの「見てる」の言葉の意味を。 __、と言った表現が1番正しいだろうか。もしくは…… 「監視……されて、いる…?」 「もの分かりがよくなってきたな、ダグラナ。だが決して変な態度は取るな。見られているという事を俺たちが理解している、ということを向こうに悟らせるな」 なんにせよ、さほど警戒しなくてもいい雰囲気……ではなくなってしまった、ということだ。それもダグラナが気づかぬ内に、だいぶ前から。 「まだ見ているだけだ。恐らくさほど害はないだろうな。……行くぞ」 「う、うん…」 この時まで、まだダグラナは普通だった。……まだ。 何とも運の悪いことに、ノーラッドがダグラナの異変と、尾行されて(つけられて)いるのに気付いたのは、ほぼ同刻だった。 「ダグラナ……お、前っ…!」 「んぅ~~?」 ノーラッドの少し先を歩くダグラナ。そこから漂う、異様でいて、とても妖艶な香り。 …覚えがあった、この匂い。身体の奥をくすぐる、理性を崩壊させるような香り。男を誘う、艶やかな香り。 発情期の、ダグラナの匂い。 「……ノーラッド~?」 気だるげに振り向きながら急に立ち止まったノーラッドを、トロンとした表情で覗き込む。 潤んだ瞳で見つめられ、思わず目を合わせてしまう。 (ダメだ……ここで流されては……っ! くそっ、頼むからこっちをみるな…!) だがそんな心の内の思いとは真逆に、ノーラッドの顔はどんどんダグラナ引き寄せられていく。そしてとうとう、その唇が軽く触れた。 瞬間、ノーラッドの中で張り詰めていた糸が、切れた。 「…ダグ、ラナ…っ」 「わっ…!」 タイミングの悪いことに、リリマはいつの間にか周囲の偵察に行ったらしく不在。 誰も彼ら2人を止める存在がないのである。 「ふふっ、やぁっとノーラッドのちゅーだ~…」 「っ…! もう喋るな…!!」 道脇の茂みのなだれこみ、ノーラッドがダグラナの上に覆い被さる形となる。 形の良いノーラッドの唇に指を這わせて、扇情的に瞳を潤ませノーラッドを誘う。 「くそ…!」っと1つ悔しそうな、なんとも言えない呟きを漏らすと、そのままダグラナの柔らかな唇にかぶりついた。

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