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第167話

型枠の仕事を無断で辞めて悪い噂を耳にした爺さんは俺に何度も連絡をしてきた。 爺さんに会わせる顔がなくてその連絡を全て無視し続け、アパートにも帰らないようにした。 たまに着替えに戻ると爺さんからの手紙がポストに入っていて、何れも心配しているという内容だった。 それでも連絡一つしなかった俺に痺れを切らして大家に言ってアパートの鍵を開けてもらい部屋の中を漁った爺さんが見つけたのは、俺が大量に書いていた小説だった。 それを無断で全て持ち出した爺さんは、何日も何時間も掛けて読んでいった。 その頃、施設の責任者を引退していた爺さんはのんびり余生を送っていると俺は思い込んでいた。 実際は病気で入退院を繰り返す生活をしていたらしい。 俺はそれを最後まで知らなかった。 連絡を取らずにいたのだから当たり前だ。 施設からの着信に胸騒ぎを覚えて電話に出ると、それは爺さんの訃報の知らせだった。

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