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7-1:午後1時のたこパ (3)
「え、今ですか?」
「子供騙しだけど、気を紛らわせるにはちょうどいいだろ」
理人さんは、アルミフォイル取ってくる、と張り切って出ていってしまった。
持ち主のいなくなった部屋を見回すと、クローゼットから引っ張り出された箱がいくつもそのまま散らばっている。
もしかして、俺を元気づけるために探してくれたんだろうか。
「うーん、これじゃ足りないな……」
キッチンでは、理人さんがなにやら考え込んでいた。
「どうしたんですか?」
「アルミフォイルが足りないと思って。けっこう要るんだよ、全身をこれで作るから」
「中身だけティッシュとかで作って、外に巻きつければ……」
「だめだ!それじゃ効果が出ないだろ」
「効果……」
「この土砂降りの中わざわざ買いに出るのも本末転倒な気がするし……そうだ!確かこの間スーパーのくじ引きでもらったやつが……あ、あった!佐藤くん、一番上の奥にもうひと箱あるから取って……あ、ちょ、んっ!」
必死に頭上の棚を示す細い腕を掴んで、驚いて開いた口にがぶりと噛み付いた。
「んっ……あ、ふ……っ」
逃れようと仰け反る腰を引き寄せ、深く口内を貪る。
舌先に残っている僅かなコーヒーの苦味が美味い。
頭をもたげてきた下半身をわざと押し付けて、健気に震える身体をゆっくりと押し倒した、
「いっ……!」
……はずが、最後の数センチ分だけ体重を支えきれず、理人さんの後頭部をキッチンの硬い床が殴打してしまう。
鈍い音を立てた頭を押さえる長い指に、色の綺麗な髪が絡みついた。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「だからほんと、佐藤くんのスイッチってどこにあるんだよ……!」
「きっと理人さんには一生わかりませんよ」
ただ雨でテンションが下がっているだけの俺を慰めるために、母親との思い出の品を引っ張り出してくれたり。
てるてる坊主の効果を本気で信じていたり。
もう少しだけ手が届かないところにある箱を、取ってと俺に頼んできたり。
そのすべてが、もう。
「なんかむかつく!」
組み敷かれた理人さんが、唇をへの字にまげた。
アーモンドアイをこれでもかと歪ませて一生懸命俺を睨んでくるけれど、そもそもふたつの瞳は潤んでキラキラしているし、俺に股がられたそこはもうそれなりに勃起しているし、なんというか……逆効果?
「てるてる坊主作るの、やっぱりやめましょう」
「え、なんで?」
「こんな風に一日中理人さんとイチャイチャしてられるなら、雨の日も悪くないと思って」
「は?イチャイチャ……?って、さ、さっきしたばっかりだろ!」
「朝のは昨夜の分です。理人さん、服脱がせてる途中に寝ちゃったでしょ」
「しょ、しょうがないだろ!疲れてたんだ」
「気にしてません。素っ裸になった理人さんが安心を求めて無意識に俺にすり寄ってくる姿が可愛すぎて、隣で抜きました」
「へ、変態!」
変態=大好きに脳内で都合よく変換し、ジタバタ暴れる両手を封じて再び唇を奪う。
その勝手な脳内変換があながち間違いじゃないことも、十分承知しつつ。
「もっ……おしり、痛いのに……っ」
「じゃあ挿れないセックスにしましょうか」
「や、やだ……っ」
「嫌?」
「だ、だってあれ、気持ちよすぎて……あ、んっ!」
ほら、またかわいいことを言うから。
「大事にしたいのに……止まらないじゃないですか」
「と、止まれよっ、変態!」
はい、変態=大好き。
2度目の変換も成功。
「知ってますか、理人さん。俺、理人さんに変態って罵られるたびに、最高に興奮……」
「するな変態!」
ブー、不正解。
「あっ、あっ、さ、佐藤くん……!」
「もう、止まってなんかあげません」
「んあっ!さ、最初から止まるつもりなんてなかったくせに……っ」
ほんのり桜色に縁取りされたアーモンドアイが、ゆらゆらと揺れた。
俺はもう、知っている。
震える瞳に浮かぶ不安の中に、いつも確かな期待が埋もれていることを。
「理人さん……」
「あ、あ、んっ!」
「好きで――」
ピーンポーン。
「す?」
なんとも間延びした音に、甘い台詞を持っていかれた。
しゃぶりつこうとしていた首筋が不自然に動き、理人さんが頭部だけ斜め上を振り返る。
その視線の先では、インターフォンが赤く点滅していた。
コンシェルジュさんからの内線や、ドアフォンの場合、色は緑だ。
赤はつまり、
「外から、ですかね」
「だな。別に放っておけば……」
ピンポンピンポンピンポン!
まるで居留守を使っているのを知っているかのような、連打。
ほとんど同時に、ため息を吐いた。
押しのけられる前に立ち上がり、理人さんを引っ張り起こす。
半分下がっていたズボンをたくし上げ、理人さんは壁のボタンを長押しした。
「……はい?」
『あ、理人!俺、俺!開〜け〜て〜!』
「航生!?」
明るくなった液晶画面に映っていたのは、ブンブンと手を振る木瀬さんの姿だった。
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