「たこパしよ！」 部屋にやってきた木瀬さんは、そう言ってスーパーの袋をふたつ掲げてみせた。 白いビニールの塊から、雨水が滴る。 「航生、お前な……連絡くらい寄越せよ」 「ああ、ごめん。もしかして、お邪魔だった？」 理人さんが放り投げたタオルで全身の水滴を拭いながら、木瀬さんがニヤリと笑って俺を見た。 相変わらず、人を不快にさせるスキルに極端に長けた人だ。 黙ってれば普通にかっこいいと思うのに、もったいない。 今日だって、絶対に俺がここにいるとわかっていて来たに決まっている。 だって、たこ焼きの材料がどう見ても二人分じゃない。 「渋谷は？」 「は？なんで渋谷？」 「だってお前ら……」 「知るか、あんなやつ」 吐き捨てるように言い、木瀬さんはそっぽを向いてしまった。 思わず理人さんと顔を見合わせる。 ――これはもしかして、アレじゃないか。痴話喧嘩。 ――そうですね、巻き込まれるとものすごくめんどくさいやつですね。 ――だよな……よし、佐藤くん。 ――はい、理人さん。 〝夫婦喧嘩は犬も食わない〟 絡み合って視線を引き剥がし、理人さんはキッチンへと踵を返し、そして俺は、この家のどこかにあるはずだというたこ焼き器を探す旅に出たのだった。