347 / 492
7-1:午後1時のたこパ (5)
「あれ?俺、今タコ入れたっけ?」
「入れてましたよ。あ、そっち側もうひっくり返していいと思います」
「え!?う、うん」
ジュージューと美味そうな音を奏でながら、総勢22個の穴たちが香ばしい湯気を立てている。
立て膝になり左手に竹串を構えた理人さんが、ごくりと喉を鳴らした。
まるで戦場に駆り出されようとしている兵士のように、ふるりと武者震いする。
「佐藤くん、じゃあ……!」
「プッ、どうぞ」
鋭くなったアーモンドアイが、今か今かとその時を待ちわびているたこ焼きの卵たちを見下ろす。
そして――
「うわ、なんだこれ。全然回転しない!」
「ちょっと串を傾けて差し込むとやりやすいですよ」
「こ、こう?」
「はい」
くるん、と気持ちよく回転したたこ焼きを見て、理人さんが頰を緩めた。
でもすぐに俺の手元を見やり、唇で不満を露わにする。
「なんでそんなに上手いんだよ」
「高校の文化祭とかでやりませんでした?」
「やってない。俺は……」
「一年の時はお化け屋敷のお化け役に当たって半泣き、二年は劇でロミオ役に当たって半泣き、三年はミスコンに出場させられて半泣き、だよなー?」
気だるげに缶ビールを煽っていた木瀬さんが、気だるげに口を開き、気だるげに笑った。
「半泣きになんてなってない!」
理人さんは全身の毛を逆立てて反論するけど……うん、きっと半泣きだったんだろうな。
だって、想像できてしまう。
今よりちょっと……いや、だいぶミニマムな理人さんが、おっきくて丸いアーモンドアイを潤ませて、
「おばけ役なんてやだあ……っ」
って泣いたり、
「なんで俺がロミオなんだよぉ……っ」
って泣いたり、
「ミスコンなんて出たくない……っ」
って泣いたり……あ、やばい。
なんか興奮してきた――ん?
「男子校でもミスコンなんてあるんですか?」
「ミス・コンテストじゃなくて、ミスター・コンテストな。つまり、イケメンコンテスト」
「へえ!あ、もしかして理人さん、優勝?」
途端に、理人さんの頰がクリームソーダのさくらんぼ色に染まった。
「したんだ。すごいですね」
「別に……すごくなんかない。好きで出たわけじゃないし、ウォーキングとかポージングの練習とか毎日やらされて嫌だったのに、しんちゃんがやらなきゃだめって……」
「優勝者を出したクラスには校長から金一封が貰えたんだ。高校生なら、本気にもなるだろ」
「航生は出たことないから言えるんだ……!」
なにかを思い出したのか、理人さんが〝半泣き〟になる。
のそのそとたこ焼きをひっくり返す理人さんの頭を、大きな手が気だるげに、優しく撫でた。
うーん、なんだか本当に兄弟みたいだな。
もしかしたら、俺と葉瑠兄も他人から見るとこんな風に見えるんだろうか。
ともだちにシェアしよう!