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閑話:午後4時の遊戯 (7)
フーフー。
ずずずず。
フーフー。
ずずずず。
フーフー。
ずずずず。
豪快に麺をすする音と、息を吹きかける音が交互に聞こえる。
「フーフー……理人さん?」
「えっ?」
「食べないんですか?」
「た、食べる!」
慌てて姿勢を正して、でも後ろを襲った違和感に思わず呼吸を止めた。
なんだかおかしい。
まだ、おしりの中に佐藤くんが入ってる感じがする。
もしかして、今日の佐藤くんはいつもよりでかかった?
まさかの成長期……なんて、そんなことあるわけないか。
あれから、当たり前のように第2ラウンドがあり、佐藤くんにとってはそれが第1ラウンドだったから当然のように俺にとっての第3ラウンドもあり、陽が傾く頃にはもうお互いになにも作る気になれなくて、ちょうどいいからずっと行ってみたかったラーメン屋さんに行ってみよう、とここに来た。
昼間の暑さが嘘のように去っていき、吹き抜ける夜風は心地良かった。
この間梅雨が明けたばかりだと思っていたのに、秋がもうすぐそこまで来ているのか。
そういえば、佐藤くんと出会ったのもこんな季節だったな。
ああ、そうか。
もうすぐ一年だ。
「ふうふう……んんっ」
あ、美味い。
俺はラーメンは味噌派だ。
でも今夜はあっさりしたものを身体が欲していて、初めて塩ラーメンを頼んでみた。
味噌ラーメンの濃いスープもいいけど、爽やかな塩味は暑さにバテた胃に優しくていい。
「理人さん、昼間出かけてたんですか?」
「あー、うん」
「家にひとりでいたくなかった?」
「そっ……!」
向かい側で、佐藤くんがにやにや笑っている。
その『してやったり』な感じ、ものすっごくむかつくな!
「それもある……けど、本屋さん行きたかったから」
「本?」
「旅行雑誌、買いたくて」
「え、旅行……?」
「一周年記念にもなるし、ちょうどいいだろ」
「一周年……え、旅行ってもしかして俺と!?」
「他に誰がいるんだよ……」
「あ、いや、そうですけど……!」
佐藤くんがさっきまでのニヤニヤを封印したと思ったら、顔全体で真っ赤になった。
この感じはきっと、またなにか良からぬ妄想をしてるな……まったく。
「ボーナス出たし、今年は夏休もまだ全然使ってないし、九月なら新学期始まるから人出もだいぶ減るだろ」
「そうですね」
「佐藤くんが休み取るの難しければ、別に泊まりじゃなくて日帰りでもいいし、なんなら数回に分けて出かけても……なんだよ?」
ラーメンを掬っていた手を止めて、佐藤くんがただひたすらにこにこしている。
そして、俺の口元をチラリと流すように見たと思ったら、
「理人」
「ぶっはぁ……!」
咳き込む俺を前に、佐藤くんがまたにやにやを復活させた。
「理人さんって、ほんと俺のこと好きですよね」
「は……?」
「暑いの大っ嫌いなくせに、俺と旅行するためにわざわざ本屋さんに行っちゃうし」
「だ、だからそれはっ……」
「スマホで調べるっていう手もあったでしょ?」
「あ……」
「それに、俺とのセックス思い出してひとりでしちゃうし?」
「あ、あれはたまたまっ……」
「えー?たまたまいつも俺が寝てる側のベッドで、たまたま俺の枕に顔埋めて、たまたま俺のタオルケット握りしめながら、たまたまお尻に指突っ込んでたんですか?」
「お、前な……!」
こ、ここ、ここここここのやろう!
「もう絶対、ひとりでなんてしない……!」
「えぇー、かわいかったのに」
「うるさい!」
「いいですけどね。ふたりですればいいし?」
卑猥なことを驚くほど爽やかに言いのけ、佐藤くんは笑った。
「……ばか」
俺はどうしようもなく疼くおしりには気づかないフリをして、塩ラーメンを、ずず、と啜った。
fin
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