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終-2:午後0時の祈り (5)
白い壁。
白い天井。
白い扉。
白い人たち。
白いベッド。
白い男。
すべてが白い空間。
「英瑠!」
「あ、葉瑠兄……」
「なんだよ、このLIME?どういう意味……」
白衣を翻してやってきた葉瑠兄の視線が、カーテンの向こう側で大きくなったり小さくなったりを繰り返す白い人たちの塊を捕らえた。
ふいに生まれた隙間から、白いシーツよりも更に白い男の横顔が垣間見える。
「まさかあれ……理人くんか?」
「……」
「なにがあった……?」
その答えを知る木瀬さんと三枝さんは、入り口で救急隊員の人たちと話している。
なにも言えずにいると、葉瑠兄が『処置室』と書かれた空間に足を踏み入れた。
「桐嶋先生!」
「佐藤先生……?」
葉瑠兄の姿を認め、白い輪の中心にいた壮年の男が走り寄ってくる。
「なぜ先生がここに……」
「俺の弟の英瑠です。理人くんとは、その……彼も、俺の弟みたいなもので」
白衣の男は僅かに目を見開き、俺に視線を移した。
「神崎理人さんの処置を担当している桐嶋です。彼はアルコールをまったく摂取できないんですよね?」
「は、はい。でも、これくらいなら大丈夫だって……」
親指と人さし指でできるだけ正確に3cmを表現しようとするのに、指先が震えて定まらない。
「ひ、ひと口ふた口なら大丈夫だって言って……だ、だから……」
桐嶋先生はピクリと眉を上げ、持っていた紙の束をめくり上げた。
「ウイスキーをほとんどボトル一本飲まされたと聞いています」
「ウイスキー……?」
「普通の人間でも一気に飲むには危険な量です。彼は体質的にアルコールの分解スピードが通常の何倍も遅い。かなりの量を吐き戻したようですが、深刻な急性アルコール中毒の症状が出ています。特に体温の低下が酷く、なんとか32度を保っている状態ですが……このまま低下が続くようなら、最悪の事態も覚悟しておいてください」
「え……?」
最悪の、事態?
覚悟……?
なんだ、それ。
意味がわからない。
「桐嶋先生!」
小柄な看護師さんが飛び出してきて、桐嶋先生になにかを耳打ちした。
踵を返しかけた彼の白衣が翻る。
「英瑠君」
「は、はい」
「会わせてやりたい人がいるなら、会わせてやった方がいい」
葉瑠兄が、息を呑む音がした。
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