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終幕 (8)

「んんぅっ……!」 腰に巻きついていた脚に力がこもり、ぎゅうぎゅうと痛いくらいに締め付けられた。 湧き上がってくる射精感をなんとか堪え、こっそり深呼吸する。 「ふぅ……全部入りましたよ」 長いまつ毛が、しぱしぱと音を立てた。 シーツに食い込んでいた左手が持ち上がり、確認するようにそこに触れる。 「ほんとだ、入ってる……」 「苦しくない?」 「苦しいけど、嬉しいからいい」 溶けたバニラアイスのような甘い顔で、理人さんが笑った。 「なんか初めてのときみたいだ」 「俺もそう思ってました。あの時は理人さんが俺の上に乗ってましたけどね」 「そ、そうだったっけ?覚えてない」 「嘘ばっかり」 どちらからともなく視線を絡ませ、お互いの想いに引き寄せられるように距離を縮める。 くっついた唇が、チュッと可愛らしい音を立てた。 啄むような口づけが、だんだんと深く、激しくなっていく。 真っ直ぐな歯列にねっとりと舌を這わすと、俺を包み込む内壁がきゅうきゅうと切なく蠢いた。 「ま、待った……!」 吸盤のようにくっ付いていた口を無理やり押し剥がすと、理人さんの呼吸が止まる。 でもすぐになにかに気がついて、ニヤリと口の端を上げた。 「やばいの?」 「それ聞きますか、やばいに決まってるでしょ」 なんてったって今夜は、一年半の『待て』を乗り越えてようやく与えられた『よし』なのだ。 そりゃあ『待て』の間も理人さんはあれやこれやと頑張ってくれていたけれど、やっぱりセックスとは違う。 全然違う。 そこんところを、理人さんは全然わかってない。 思わずふてくされると、尖っていた唇がサンドイッチされてさらに尖った。 「佐藤くん」 「ふぁい?」 「俺を好きになってくれてありがとう」 蕩けたアーモンド・アイから透明な雫が溢れ、ゆっくりとこめかみを伝っていく。 ああ、もう……ずるいなあ、ほんとに。 「理人さんも、俺と出会ってくれてありがとうございます」 涙の軌跡を舌先で拭うと、また、きゅうっと根元を締め付けられた。 「っ」 「佐藤くん……?」 「ゆっくり愛を語り合いたいのはやまやまなんですけど」 正直なところ、 「もう動きたい……」 熱を帯びた吐息ごと耳に注ぎ込むと、理人さんはくすりと笑い、脚と腕を駆使して俺を抱き込んだ。 「ちょ……っ」 「いいよ」 「理人さ――」 「思いっきり動いて、思いっきり気持ちよくして?」 こ、こんちくしょう……っ。 「あっ……あ、あ、あ!」 本能に突き動かされるままに腰を打ちつけながら、昂ぶった熱を慰めようとしていた理人さんの左手を救いとった。 絡み合った爪先が手の甲に食い込み、エンゲージ・リングが指の腹に当たる。 無機質なはずのその存在がなぜだかとても暖かくて、ふいに視界が揺らいだ。 「さ、とうくん?泣いて……」 「ません!」 「ひぁう……っ」 大きく喘いだ理人さんが、恨めしそうに俺を睨んでくる。 俺は眉毛を上げて応えてみせ、最奥まで届いていたそれをゆっくりと引き抜いた。 そして―― 「あ、あふぅん!」 「理人さん、キス……」 「んっ……ん、んっ!」 空気の出口を塞ぎながら、激しく出し入れする。 「あっ……あ、あ、あっ……」 「理人さん、そんなに締め付けないで……」 「む、無理、もっ……もう、いっ……!」 「く――ッ」 俺たちは、きっとこれからもたくさんの困難に出会うのだろう。 挫けそうになるかもしれない。 諦めたくなるかもしれない。 手を放したくなるかもしれない。 指輪があるからずっと一緒にいられるなんて確証はどこにもない。 俺たちが生きているのは、おとぎ話の世界じゃない。 「はあっ……はあっ……」 それなのに、どうしてだろう。 理人さんと一緒なら、どんなことでも乗り越えていける気がするんだ。 「佐藤くん……?」 「理人さん、愛してます」 「えっ……」 「愛してます、心から」 穏やかな沈黙に包まれていた空気が、ふいに、スン、と鳴いた。 「もう、理人さーん……」 「愛してる!」 「えっ……」 「俺も、ずっと愛してる」 「……はい」 そして交わした口づけは、優しい涙の味だった。 fin

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