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第1話
それは雨でしっとりと濡れた、月のない夜のこと。
またか……
今夜こそは大人しくしていてくれるだろうと思い、気を抜いたのがいけなかった。
気がついたときには座っているはずの席はもぬけの殻で、我が主の姿はない。
席に触れてみると既に冷えていて、大分前に退席したことが伺えた。
主役がいなければこの宴は成り立たないので早々にお開きだ。
中止となり不満そうな表情を浮かべる先方の気持ちは分からないでもないが、これも縁がなかったとして処理してもらおう。
我が主が気に入らなければ、いくら相手に地位や名誉があったとしてもカスでしかない。
余程自分に自信があったのか、美しいドレスを身に纏った娘の顔は、屈辱で怒りに燃えていたが、親に宥められ大人しく家臣を連れて足早に帰って行った。
用事が無くなったらここにいる意味はもうない。
「やれやれ」
ため息をつきながら独り言のように呟くのはこの国の王。
「またやりやがったな馬鹿息子め。これで何度目だまったく……」
「今回の花嫁候補もお気に召さなかったのでしょう。こればかりは致し方ないかと。わたくし……迎えに行って参ります。……恐らくまた外へと行かれたのでしょう。連れて帰りますので」
「はぁ……頼むぞルース」
「お任せ下さい」
さてさて、今回はどちらまで行っておられるのか……
首根っこ掴んで強制送還しなければ。
闇夜に紛れ城を離れたか。
主の気配を探り、相当遠くまで行かれことを確認。
この特殊な能力は、わたくしが主に遣えるようになってから王から賜ったものだ。
徘徊癖のある我が主は、最近よく城を抜け出す。
理由は毎回様々だが、まぁ最近は今回のようなことが原因だった。
「世継ぎが欲しい」
「孫の顔がみたい」
我が主の両親……即ち王と王妃がそれを強く望んでいた。
……しかし……
……しかし……
「糞ったれだね」
あの容姿から想像もつかない下品な一言を放った我が主。
可能性はゼロに等しかった。
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