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第1話

 高校二年の夏、転校生の渡辺龍星は僕のクラスに来た。  女子が騒ぐルックスと、寡黙で人を寄せ付けない雰囲気が印象的だった。  誰かと仲良くしている所なんて見た事が無かった。いつも独りで教室の隅に座っている、優等生なのに陰のあるカッコイイ男子。そう、ミステリアスな生徒だった。  二月のある日の放課後――。  僕は手作りのチョコレートを机に出した。 「真、チョコじゃねぇか! どうしたんだよ、それ」 「女子に『絶対、逆チョコ頂戴ね』って言われて作った試作品なんだ。食べてみて?」 「あ、美味いじゃん。バレンタインデー、俺にもくれよな」 「俺にも寄越せよ」 「お前の家、洋菓子店だったよな。美味いはずだよな~」  箱から出したハート型のチョコレートが次々と友人達の口に入って行く。皆、美味いと言って食べてくれるけど、それ以上の感想は無かった。作った僕としては美味しい以外の言葉が欲しかった。 「あの……、渡辺君もどう?」 「……」  帰り支度をしていた渡辺君に声を掛けてみた。一瞬、場がシンと静まり返った。渡辺君は無言でひとつチョコレートを取ると、じっと出来栄えを見た後に口へ入れた。 「女の子が喜ぶと思って形はハート型に。でも甘過ぎると駄目かなって思ってホワイトチョコレートとビターチョコレート、両方を使ってみたんだけど……」  どう? と感想を聞くと、渡辺君は暫く無言で味を確かめていた。そして低い声で答えてくれた。 「ホワイトチョコとビターチョコが丁度良い感じで美味い。ただ……」 「ただ?」  言うか言うまいか、迷う様な素振りを見せた後、渡辺君は言葉を続けた。  その言葉は僕の菓子作りに対する考え方を大きく変える切欠になる物だった。  渡辺君は二月の終わり、高校三年生になる前に転校して行った。お父さんが警察庁のキャリアで、急な転勤が決まったらしかった。  結局、渡辺君と仲良くなる事は無く、卒業アルバムにも一枚として写真は載っていない。少し寂しい陰のある姿だけが僕の記憶に残っていた。  あれから十数年――。  雪の舞う二月に、その時が訪れた……。

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