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1-1 朝の惨事
これは夢だろうか……
家々が燃えて崩れ落ち、人々が泣き叫びながら逃げ惑っている。
遠い昔のことのようだが……
おぼろげな輪郭のくせに色だけは鮮明に映っている。
灼熱の炎の中で振り回される赤く光る太い鞭のようなもの……
あれは×××の尾?
俺はどこにいるんだ?姿が見えない。
眼前には炎に包まれた全裸の女の死体が一体。
体を切り裂かれ、臓腑が飛び出ている。周囲の全てが赤い。
どうしてこんなことになってしまったんだろう……
子供が泣きながら駆けてくる。その子を知っているような気がした。
***
ここは最寄りの村から荷馬車で2時間弱離れた山の中にある小屋。
今日ものどかで静かな一日が始まる……はずだった。
「ああああああ——!」
静寂を引き裂くような、鋭い悲鳴が響き渡る。
「どうした?」
椅子に腰かけ窓辺に凭れて、ぼんやりと外を見ていた俺は振り返った。
「う…うう……なんでもない」
背後の少し離れたところに、青白い顔の少年が身を震わせて立っていた。
「なんでもなさそうな顔してない」
目を潤ませじっと足を見ている俺の連れカミュ。
その視線の先に自然と目がいった。
「小指が赤くなっているが?」
「そこの……そこの……タンスの角に!」
「何度目だよ」俺は軽くため息をつく。
「10回以上は数えてない。でも今月で2度目……」
「まったくドジだなあ」
口角を上げて少し笑ったら、カミュの口角は反対に下がった。
「タンス、なくそうか……」
ぽつりとつぶやくカミュに
「薪にして村に売りにいくか」と同意して、俺は壁にかけてあった斧に手をかけた。
「じょ…冗談だよ!僕たちの衣服が入ってるんだよ!?」
「だな」
俺は斧を戻すと、再びやれやれと手を振って腕を組みなおした。
「本気で割るつもりだったでしょ?」
カミュは目に涙を浮かべながらも、心なしか柔らかい顔になっていた。
「それより今日どうする?」
「え?」
「これから村に買い出しだろ?行けそうか?」
いつもの日課で週に一遍は二人で村に薪や獲物を売ったり、食料や衣料品を買いに行くことになっている。
「これくらいなら大丈夫だよ。ただ、あと10分くらい待ってくれるかな?」
「うん」
「冷やせば痛みもひくね。たらいにお水張って……と」
洗面所の方に歩いていくカミュを見やると、俺は視線を窓の外に戻し水をぐびっと飲んでいた。すると、
「っと、のあああああああああああああああ!!」
またもや、悲鳴とともにガッシャーンと金物のぶつかり合うけたたましい音が聞こえた。
「ど…どうした??カミュ?」
立ち上がって声をかけても応答がない。
洗面所に行くと、洗面台の前で転んだのか、倒れた彼の頭にたらいが落ちてきた模様。水も盛大にぶちまけている。そして気絶しているようだ。
——コメディじゃあるまいし、一体何だこのざまは……
俺は心配しつつ呆れつつ、カミュの小さな体を担ぎ上げ介抱した。
***
10分後…
「今日は無理そうだな…転んで足も擦り傷だらけだし」
カミュの綺麗な形だった頭には立派なたんこぶが出来ている。
「厄日だね」「厄日だな」
「あ、声が揃っちゃったね(照」
カミュがほほを赤らめて笑うが、
「……」俺はやれやれ…としか思わない。口には出さないが。
「俺一人で村に行ってくるよ」
「それはだめ!!」
「どうして??」
突然の否定に、俺は驚いた。カミュがいきなり拒絶することは滅多にないからだ。
「……」
「食糧切れてるんじゃなかった?買ってこないと」
「そうなんだけど……」
カミュは顔を少し俯かせて、答えにくそうにしている。
彼は若干束縛の強い方だから、まあ理由はなんとなくわかる。
寂しがり屋でもあるし、一人にしないでと泣いたことも何度かある。
もう、子供じゃないんだから……
「荷駄に薪載せて持っていくよ。あと、お前が欲しいもの買ってきてやるから、メモに書いて」
俺はカミュの頭を撫ぜてやり、ふと立ち上がると、小さな居間の隅にあるキャビネットからメモ用紙とペンと取り出してきてやった。
しかし、カミュは首を横に振り、頑なにそれらを受け取ろうとはしない。
「やっぱり明日行こうよ。食べ物は何とかなるよ」
「いやだね。新鮮な牛乳飲みたいし」
俺は口をぶーととがらせながら、年下のカミュに対して子供のようなわがままを言う。
「君、牛乳好きだねえ」
カミュは、成長しすぎた俺の体をまじまじと見つめながら皮肉のこもった目で見てくる。ヘーゼル色の目が光る。そして、俺の長く伸びた顎髭にそっと触れた。俺は耳元でささやいてやる。
「牛乳も好きだけど、お前の作るビーフクリームシチューも食べたいし…」
「年中食べてるじゃん」カミュが髭を軽く引っ張り、俺は少し目をつむった。
「そうなんだけど」と、他愛ない会話をしていると、
「……わかった。しょうがないなあ。今日は君に買い物をお願いするよ」
とうとう、カミュが折れた。
「でもね、きっかり5時までには帰ってくるんだよ」
「あ、5時?余裕じゃん。今から行けばお昼過ぎには戻ってこれるのでは?」
まだ、午前10時を回っていない。いつも通りにこれから出発し、村の用事を済ませれば、全然時間に余裕があった。
「じゃあ、午後3時」
「え」
「君の門限は午後3時。わかったね?」
カミュの瞬時の切り返しに目を見開くばかりで、余計なことを言わなければよかったと、俺は後悔した。
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