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1-2 おつかい
***
「はい。これ」
カミュに手渡された六芒星のアミュレットを首にかけ、俺は荷馬車の準備をする。
このアミュレットは、カミュ曰く厄除けのお守りなんだとか。
この山小屋に居を移してすぐの頃に手渡されて、オカルト趣味なのかと思ったが、そうではないらしい。“らしい”というのは、俺に魔術とかそういう知識が全くないからで、カミュは自称“魔術師の卵”なのだそうだ。怪しいものだが。
「じゃあ、行ってくるよ」
痩せ馬にハーネスを装着し、俺は二輪馬車に乗り込む。
荷馬車を曳かせるにはかわいそうなほど痩せこけた馬だが、どうやら食べ物が悪いらしい。いい干し草を与えていないから、腹を下してばかりいる。もう少し自分の稼ぎが良ければ、と思う。
「気を付けて!早く帰ってきてね」
頭に包帯を巻いたカミュは表まで出てきていたが、心配そうに俺を見つめて手を振った。
***
遅ればせながら、自己紹介する。
俺の名前はアレン・イーグル。ただの木こりだ。
最初に書いたように、村から荷馬車で2時間以上離れた山の中に小屋を作って住んでいる。
さっきのドジな同居人はカミュ。カミュ・なんとか……苗字は忘れた。年は一回り離れていると思うが、俺の恋人だ。
今年でようやく16歳になったばかりだそうだが、まだ声変わりもしてないし、下の毛も生えてないし、実年齢は疑わしい。それなのに妙にませていて、ベッドの中の主導権は大体いつも彼にある。
2年前に知り合ったばかりなのに、年若い彼とこんな関係になってしまって、正直いいのかわからないが、とにかく彼は俺にとてもよくなついているし、俺もカミュのことが好きだ。
俺に記憶がないことも、彼は気にしない。
——そう。俺には記憶がない。2年以上前のことは何も覚えていない。
記憶を失う前、俺は何をしていたのかわからないが、そんな俺でもいいとカミュは言ってくれた。いや、まだ幼く身内のいないカミュを守るため、保護者としての役目もあるのかな。
一緒に生活をし、互いに愛し合うことで、生きる喜びを感じている。これ以上の幸せが他にあろうか。カミュは俺に愛を教えてくれた。
俺は馬の胴体にぴしゃりと鞭を当てた。
一人で村に行くのは、今日が初めてだ。今まではいつもカミュと一緒だった。
焼きもちやきなのか、カミュは俺が単独で外出することを許さない。必ず一緒に村に行く。
ただ、村に行った後は別々に行動できる。カミュは図書館で本を借り、買い物をする。
俺は薪や藁、たまに捕れた獲物などを売って、農具などの道具を買ったり、喫茶したりする。
そして、時間になったら合流して、飲食店で飯を食って帰る。
今日は一人か……。不安はないけど、手持無沙汰な感じになる。
なんだかんだ言っても、カミュと一緒に村まで行くのは楽しい。
カミュは話好きで図書館の本から得た知識や村で起こったことを教えてくれるし、俺も村で読める新聞や市場の話を彼にしたりするのが好きだから、会話がない今日は違和感からか浮ついた気分になる。いつもと違うことが起こりそうな気がする。
***
「本は返却のみですね?」
ここは村の小さな図書館だ。カミュが借りた魔術の本を返却期日だからと頼まれて、俺が代わりに返しに来たのだ。
係の女がまじまじと俺を見上げる。周囲の利用者が不審げに俺を見ている気がする。
山奥で暮らしているせいか、俺は多くの視線に晒されることに慣れていない。気のせいかもしれないが、挙動不審になる。
「ああ、はい」
返却に必要なのかと、念のため持ってきていたカミュの利用カードを提示する。
「あら、カミュ君の家族の方?」
素っ頓狂な声を上げる係員に、俺は困ったように髪をかき上げた。
「まあ……そうです」
村では、俺たちは兄弟として通している。髪色も容姿も全く似ていないので、村人たちがどう思っているかは知らないが。年の離れた兄弟にしても、体格があまりに違うし、カミュは華奢な美少年で俺は熊のような大男だから、同居していると知られると途端に怪訝な顔をされるのが常だ。まあ、想像に難くない。
だが、村では基本別行動をしているので、二人が“家族”ということを知らない人も少なくない。
「お兄さん?」
「ええ、まあ」
嘘をつきたくはない。しかし、“恋人”というにはカミュは幼く、犯罪の臭いを自ら仄めかすのもあれなので、俺は言葉を濁す。いやいや、これは犯罪ではない!同意の上での同棲だから、もっと堂々としていいはずだ……はずなんだ。。
カミュは自称16歳だし!
……2年前からセックスしているけど、法に触れるだろうか……。
「そうですの。今日はこれなかったんですのね。
お兄さん、カミュ君はいつも魔術の本を感想を交えて返却してくれるんですのよ。大変勉強熱心ですわね。」
俺がカミュの家族と聞くと、係員は安心したような笑みを浮かべて(兄弟には見えないだろうに)、さらには目を輝かせてカミュを称賛した。
カミュが読む本は魔術本だが、俺は興味がないのでよく知らない。表紙に描かれた六芒星の魔法陣を見るだけで、魔術のマの字も知らない俺のような人間は億劫でかつ、おどろおどろしい気持ちになってくる。
ただ、彼は独学で薬草を採取し薬を作ったりもしているから、おそらくはまじめに勉強しているのだろう。
「ご利用いつもありがとうございます」
「いえ。とんでもない」
俺は、わりかし綺麗な係員の女にどぎまぎして、図書館を後にした。
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