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しろいこおり-1
未来なんてものは、見据えるだけ無駄だ。
空は黒い煙が覆っていて、肌を撫でる空気はベタついている。家屋は石油でべっとりと黒く汚れ、すれ違う人は全て分厚いマスクをつけていた。
ぼくはその中を、幼い頃に買ってもらった革のリュックと少しのお金を握りしめて歩いた。お父さんとお母さんが残してくれたお金は、もう握れるほどしかない。一番大事だった家も1ヶ月後には跡形もなくなっているだろう。
歩いて30分くらいのところにある汽車の乗り場に着くと、山の方からやってきた馬車がいくつも止まっていた。白い服を身にまとった子供たちが紳士の手を借りて次々と降りてくる。彼女たちを横目に、ぼくは切符売り場へ向かった。
「このお金で買える一番遠くまでの切符をおねがいします。馬とでも豚とでもいいです。一番遠くまでお願いします」
少し高いカウンターを背伸びして覗き込み、握っていたお金を差し出した。どこ行きを、と言えればよかったのだが、この街から出たことがないぼくには、他の地名も分からなかった。
「汽車は初めてかい? 一般車両の一番端っこなら、終点まで行けるよ」
予想に反して柔らかな口調で言われた言葉に、黙って頷いた。くしゃくしゃになった柔らかい紙幣を、おじいさんのくしゃくしゃの指が伸ばして数える。
「お嬢さんの初めての旅が未来に繋がるよう祈っとるよ」
手を取って紙切れを握らされた。これが切符なのかと思って手を開くと、さっき渡したお金の半分と硬い小さな紙があった。
「子を持たぬしがない老人からのお小遣いだ。これでご飯でも買い」
汽車の入り口とお弁当屋さんを指し示し、おじいさんは目元のシワをより濃くする。小さな声でありがとう、と言うと、次は口元のシワも濃くなった。
一番安いお弁当を買って、汽車の入り口の列に並んだ。ぼくと同じくらいの子供もいた。両親に手を取られ笑っている。
初めての汽車が、ひとりでよかった。思い出がなにもない。ただ、両親の手のぬくもりがほんの少しだけ、石油で汚れた手のひらに帰ってきた気がした。
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