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第1話

 高校の卒業式を終え、友人らと写真を撮り合っていたあの時は、まさか自分の未来がこうなるのだとは考えてもみなかった。  よく見る夢がある。父の再婚相手である義理母の連れ子――五歳年上の義理兄、仁《ひとし》と初めて出会ったあの日のことだ。  俺が小学一年。仁が小学六年だった。  響《ひびき》、はじめまして。お兄ちゃんだよ、と手を差し出され、そこを握った時に見せられた柔らかい笑顔。ずっと兄弟が欲しいと願ってきた自分にとって、それはとても嬉しい出会いだった。  実の母は俺が生まれた時に亡くなり、それから父子二人で過ごしてきた。仕事に励んでいた父を悩ませてはいけないと、一人で夕食をとる寂しさを表には出さずに我慢する。そんな生活を送っていたので、再婚を素直に喜んだ。  最初から、仁とは気が合った。とにかく彼は優しかった。自分が我侭を言えるようになったのも、仁という存在があったからだ。  兄弟になってからはよく、川原でサッカーをした。ゴールキーパーのいないそれはただボールを蹴るだけでゲームにもならなかったのだが、とにかく楽しくて。水面に夕暮れが映し出される時間帯まで夢中になって遊んでいた日々を、とても懐かしく思う。  仁の背中を追いかけて上がる息。足の付け根が重くなるまで走り続けたあの感覚はもう、二度と味わうことができない。  目を覚ますと動かぬ両足がある。高校三年の卒業式を終えて帰宅路を歩いていた際、何者かに背中を押され、高い石段から転げ落ちたのだ。打ち所が悪くて、こうして足の付け根から動かなくなってしまった。  犯人は誰だかわからないが、落ちた時に一緒に転がってきた小さな手鏡があった。それには、背に綺麗な赤い薔薇の模様が描かれていた。警察に渡しはしたのだが、犯人は結局突き止められぬままで……証拠品として今もそれは、警察署に保管されているのだろう。  あれから十年が経過し、事件は傷害として処理されたので、時効はもう成立するのだと思う。何故、思う、だけにとどめているのかといえば、あともう何年で犯人が逃れられるのか、考えることをやめたからだ。十年は長い。恨む気持ちも去ってゆき、今はただ、自由に動けたあの頃を思い出してこそりと歯を食いしばるだけだ。  そして、申し訳なさで胸がいっぱいでもある。  事件当時、仁は社会人二年目を迎えていた。優しげな雰囲気で、とにかく女性にモテていた。社会人になってからやけに浮名を流していた彼が今は……自分に付きっ切りな状態なのだ。  インテリアデザイナーとして活躍しつつあったのに、会社に無理を言って在宅に変えてもらって――能力的には問題が全くなさそうなので、昇進が遅いのはきっと、そのせいなのだろう。  事件が起こってから三年後、父が海外転勤を言い渡された。それはいつ戻ってこられるかわからないものであり、俺の傍にいるため仕事を辞めるか、それとも、このお荷物となってしまった身を養うため仕事をなんとしてでも続けるか迷っていたようだ。  父がその仕事に誇りを持っていることを知っていたので、俺は、海外へ行けと背中を押した。自分の面倒は自分で見ようと思った。内職だってしていたし、日々のケアさえ外部に頼めば何とかなると考えてのことだ。そして、やはり俺の面倒を見ようとしてくれていた義理母も父と一緒に送り出した。  二人とも最初は迷っていたようだが、仁の言葉で踏ん切りがついたように思う。  ――俺が、責任を取ってずっと一緒にいる。  両親にそう放った言葉を聞いた時、思わず笑ってしまった。責任を持って、の間違いだろうと。何を馬鹿な事を言っているのだと。それまでの三年間、仁は確かにずっと傍にいてくれた。しかし、それは両親の手前だろうと考えていたし、仁もまだ若いのだ。恋愛をし、結婚をして自分から離れてゆくだろうと、そう考えていた。けれど……彼は今も、俺の傍にいる。

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