五年前。仁に抱かれた。その日は雨が、降っていて。匂いがとても鼻についた。 　開いた窓から、庭の土の濡れた香りが漂ってきて、生え放題になってしまっていた雑草の、雨に打たれて葉をしな垂れさせられる姿を目にした。 　いつの間にか車椅子に座った状態で転寝をしてしまった俺を、仁はベッドへ運んでくれたようだった。百七十センチあるこの身長。長く使われていない下半身はやせ細っていたものの、重かっただろうに。それとも、八センチの身長差がそれを易々とさせていたのだろうか。 　薄暗い室内で、目を覚ました時。仁の顔が目の前にあった。 　キスをされていた。 　驚き、ただ黙って目蓋を見開いたそこに見えたのは、仁の、とても悲しげで、困ったような、しかしやはり柔らかい笑みを浮かべた表情だった。 　ベリーショートの黒髪が揺れていた。形の良い細い二重の目蓋はより細められ、彫の深い顔立ちは陰を帯びているように感じた。左目尻にある涙黒子が艶やかに光っていた。 　――本当に、すまない。 　仁は短くそう言った。 　ズボンをそっと脱がされた。 　社会人になってからの二年間だけではあるが、女性をとっかえひっかえしていた彼が、自分のためにずっと禁欲生活を送っているのだ。そう思うとどうしても、その手を止められなかった――いいや、それは言い訳だ。 　もうめちゃくちゃにして欲しかった。五年。五年だ。足が動かなくなって、昔の、輝いていた頃の自分を忘れかけていた。夢の中でしか自由に動けず、運命に唾を吐いてきた。今はもう薄くなった犯人への呪いがふとした瞬間に胸の内へ巻き起こり、とても苦しかった。そして、そんな、どうしようもない自分へ付きっ切りになってくれている仁へ、申し訳がなくて。毎夜、唇を噛み締めながら、隣の部屋で眠る仁に聞こえぬよう、布団へ顔を埋めて啜り泣いた。 　仁という存在がいなければ、とっくの昔に自分はこの世へ見切りをつけていただろう。感謝。そんなものではない。自分勝手なのだ。常に頭の中へ渦巻く様々な感情を、いっそ一つの色で塗りつぶしてもらいたかった。 　仁の手つきはとにかく優しかった。しかし、とても激しく抱かれた。 　彼が中に入ってきた時は、その強い感覚に泣けた。それでこの動かぬ足が、何らかの信号を受け、少しでも動いてくれるようになるのではないかという期待もあったのかもしれない。そんなわけはない。わかっていた。わかっていても――そう、想像をしてしまった。 　硬いペニスで何度も中を揺さぶられ、必死で仁の背中に縋り付いたその時――耳元で、言われた。 　――愛している。 　その言葉は何度も聞くこととなった今となっても、半信半疑にしか捉えられない。昔の自分であればまだそうは思わなかったのだろうが、事件で足が駄目になってしまってからは全く自分に自信が持てられないし、どんどん卑屈になってしまった。それは、たとえ口に出さなくとも顔へ表れてしまっているだろう。