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願う

  泣きじゃくるオレは穿いていたジャージズボンとパンツは太腿まで下ろされた格好で、瀬戸に後ろから覆い被さられていた。だがしかし、指でぐちゅぐちゅに掻き廻されたオレの中はヒクヒクと痙攣をし、オレの意思とは関係なしに瀬戸のモノを欲しがっていた。 そして、上半身のあちらこちらには瀬戸がつけた紅い模様が浮かび上がり、コレはもう同意としかいいようがない状況下で、さぁいよいよオレの中に瀬戸のモノが挿入してこようとしていたときだった。ガタガタと硬いモノが床に転がる音がし、聞き覚えのあるドスのかかった声が部室棟の廊下に轟く。 「──瀬戸!お前!なにやってる!」 その声に驚きひんむいたのは瀬戸の方で、オレから飛び退くと一目散に逃げ去った。部室棟の反対側にある裏口から逃げるその姿はもう盗人猫そのモノである。 オレはというと涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で顧み、足元に転がってきた大量の缶コーヒーに期待の花を開かせていた。 「……ぜ、…んぜぇい?」 本当に?というオレの顔は物凄く色を含んでいただろう。だが、オレの瞳に映った高徳の姿に愕然とした。ああ、そうだよなとオレは苦笑いをし、堤谷先生の姿も目に映す。勿論、廊下に落ちていたオレの上着をオレの肩にかけたのは高徳である。 「芹、…沢先輩……」 「合意だ」 だから、オレは身体に触れてこようとする高徳の手を弾いた。苦い顔をする高徳だが、心の中ではざまみろと思っているんだろう。もう2度と堤谷先生に触れられることができないオレの姿をみ。 「芹、…沢……」 そしてなにより、堤谷先生の顔が怖い。そう思うのは、漸く応じてくれた高徳との大事な時間をこのオレが邪魔したからだ。 「じゃ、…ま、して…、……す、いません……」 オレは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を手の甲で擦り拭い、立ち上がる。ずらされたジャージズボンとパンツを片手で引っ張りあげると、堤谷先生が立っている方へと歩きだした。 瀬戸が逃げていった裏口からでていかなかったのは、多分、まだ少しだけ冀望を抱いていたからだろう。堤谷先生に引き留められ、優しい言葉で慰められることや、やり直そうかと甘く囁かれることに。 堤谷先生を通り抜け、オレは部室棟の扉からでる。同時に、そんな甘い切望を打ち砕いた。パターンと部室棟の扉が閉まり、微塵も動かなかった堤谷先生の姿に涙が溢れた。そして、現実はこんなモノだと思う冷静なオレと、今からでもまだ遅くないから引き返そうという憐れなオレがソコにいた。 オレは扉に背を預け、ずるずるとその場に座り込む。ココで泣いても意味がないと思っても溢れる涙は止まらなかった。 嗚咽が溢れそうになったとき、柔らかい唇が降ってきた。啄むようにオレの唇を吸い上げ、慰めるようにオレの舌を絡め取る。 「ゴメン、こんな風に泣かすつもりはなかったんだ」 おいおいと泣き崩れるオレにキスをし、あやすようにオレを抱き締めるのはさっき裏口から逃げていった瀬戸だ。オレのことが相当心配だったようである。危険を顧みずオレがでてくるのを待っていたらしく、隣接している雑木林の方からでてきた。 オレはそんな瀬戸に抱きつき、小さな子供が泣くように声を上げて泣きじゃくり、謝る。 「……オ、デ……ごぉぞ、…ゴぉ、…メン……」 嫌な役をやらせてと、更に瀬戸にしがみついて泣きじゃくった。諦めなければいけないことくらい、解っていた。だが、オレはずるずると過去の遺産にしがみつき、前をみようとしないままずっと変わろうとしない感情を良しとし続けていた。そう、堤谷先生に砕かれた心がもうついていけていなかったのだ。 「……ゴ、…デで………、ぢゃ、んど……あ、……ぎらめ、……るがら……」 「──解ってる。俺もちゃんと最後まで責任取るから。──だから、陽希、俺に溺れて」 俺だけをみて。俺だけを愛して。そう瀬戸に耳許で囁かれ、オレは何度も頷いた。 もう忘れる。堤谷先生に愛されたことや、愛したこと。堤谷先生でないとヤダと泣いたあの長く続いた暗い夜のことも。全部、忘れて瀬戸と新しい愛を育むのだ。 そう心の底から思っているのにまだ胸はギシギシと軋み、張り裂けそうだった。 「泣かないで、陽希。大丈夫、その感情もその憎しみも全部俺にぶつけて。ちゃんと受け止めて上げるから──」 俺は醜い陽希のことも、無様な陽希のことも大好きだから。だから、全部隠さずみせて。瀬戸はそう何度も囁き、オレの望む言葉を紡ぐのであった。 だから、扉向こうでオレのことを手放したことを悔やみ、声を殺して泣いている堤谷先生のことや、その堤谷先生のことを汚れたぼろ雑巾のように見下してみている高徳のことや、況してや、陸上部芹沢陽希を崇高する3つの掟が後輩らの手で作られていたことや、その総括がマネージャーだったこととか、卒業後、瀬戸が同じ大学の同じ学部で、同じ寮の同じ部屋だったとか、そういうこと諸々、オレの預り知らないことばかりだった。 結局、堤谷先生は高徳にもフラれ、オレにも愛想をつかされ、元サヤの奥さんのところに戻ることになったらしい。 そして、高徳はオレが卒業後に部に復帰し、今や後輩を顎で扱う鬼コーチとして部に君臨しているらしく、久しぶりにあったマネージャーがその手綱を引いているとほくそ笑みを浮かべていた。 オレはというと、瀬戸との愛を順調に育み、愛することより愛される喜びを学んだ。 そう、ソレはオレのささやかな願いのために── END  

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