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あれと

  ────1時間後、することもし、やることもやってしまえばさっさと部室棟の傍らにあるシャワールームから堤谷先生はでていく。そんな堤谷先生にモノ悲しさがあったが、胸を抉られるようなどろどろとした感情や針で刺されるような鋭い痛みはなかった。さすがに別れて初めてこういう関係になったときはそういうモノが押し犇めいていたが、今はその欠片や断片は微塵も残っていない。ソレだけ、触れられたいという気持ちが勝っているのだろう。 「慣れれば、こういうモノか………」 オレはボソッと呟き、堤谷先生がでていった反対側の扉からでる。三学期後半の自由登校という時期でも、後輩らは時間割通りの通常授業である。表からでたらばったりとでくわす可能性だってあるのだ。その点、こっち側は誰の目も通さない。 だから、上半身裸のままでも大丈夫だろうと上着も羽織らずに外にでたら、瀬戸(せと)朱鳥(あすか)とばったり鉢合わせしてしまった。瀬戸は堤谷先生と同様、この3年間オレと同じクラスだった。いつもクラスの中心で騒いでいるような明るい性格で、男女に関係なく人徳もあった。そして、後輩らにも人気があり、高徳と肩を並べるくらい校内の有名人でもある。 「…………………ゲ!」 「あっ!陽ぅ希く~ん♪おっはよう~♪」 そんな瀬戸にオレが間が悪かったという顔をするのは、その手癖の悪さだ。スキンシップにしたら馴れ馴れしすぎる手つきで、オレの身体に触れてくるのだ。今も早速、上半身裸体のオレの身体をべたべたと触り捲っている。 触られる理由は解らないが、この3年間ずっとこうだったから、オレの身体は瀬戸のことを物凄く怪訝している。だが、怒るに怒れない。 ソレは、ニコニコとワンコのような笑顔で腹筋割れてる♪とか、大胸筋分厚い♪とか、いわれたら悪い気がしないからだろう。ま、競技者の悲しい美学感覚だと思って欲しい。 さて、そんな瀬戸にべたべたと触り捲られてから、数分。もうイイだろう?ともいえず、オレは参ったなとうなじをみせながら、うなじを掻いたら瀬戸の表情が瞬時に変わった。 「………っ!」 そして、瀬戸は奥歯を強く噛み締める。オレのうなじを凝視したまま固まるから、オレは首を傾げた。 「せ、瀬戸?どうした?」 向けられた視線のうなじを部室棟の反射鏡で確認すれば、思わず2度みしてしまう。そう、うなじにある紅い模様に堤谷先生の悪い癖をみつけてしまったのだ。 「───ぇ!」 だが、所有物としての証というモノに心が踊らないワケがない。慌てるよりも先に嬉さが表立ってしまう。そして、その嬉さのあまり口許が緩みそうになっていた。 いかんいかんと顔を引き締めるが、ニタつく顔はオレの心の顕れである。とはいえ、瀬戸の前で喜ぶのはお門違いもイイところだから、オレは手で覆うようにうなじを隠し、もう片方の手で口許を隠した。 「わ、悪い。みなかったことにしてくれ」 オレは瀬戸を退かし、足早に部室棟へ入る。気まずそうにしていた瀬戸も、そうして欲しいだろうと振り返りもせずに瀬戸と別れた。 廊下を歩き、部室まではと思うのだが、どうしても垂れるように緩む顔はどうすることもできず、廊下で1人ニヤけた。口許もだらしないくらい綻び、どうしようもないマヌケ面でいるだろう。そして、オレは廊下にある薄暗い鏡に映る自身をみ、うなじに咲いた紅い模様を何度も人差し指の腹で撫でていた。 また口許が緩む。オレからはみえないという位置が堤谷先生らしい、と。 照れがあったのか?とか、やっぱりコレは期待してイイってことになるのか?などと、ありもしない妄想に浸る。コレくらいなら別に許せる範囲だろうと、小さく呟いた。 「………高徳、のこと、………好きっていってたクセに……」 こんなことしてくれるんなら、もっと優しくしてやればよかったなどと、更に現なことまでもを抜かし、例え堤谷先生にその気がなかったとしても証は証なのだからと、オレはたった一つの紅い模様に馬鹿みたいにうかれていた。 そして、オレは目尻を垂れ下げ、シャワールームでオレのことを求める堤谷先生の雄顔を思い浮かべる。舌を絡めるキスをし、絡めるオレの脚を担ぎ上げる動作に下半身が疼いた。どうしようもない甘さに吐息まで熱くなる。 押し開かれた蕾にあてがられる堤谷先生のモノは決して惜しむモノではなかった。ズブズブと旨そうに咥え込み、余すことなく堪能するのが礼儀だと思えるくらい魅力的なのだ。いつまでも突かれていたいと思える気持ちよさは、もう堪らないくらい神業だった。 だから、奥を擦るあの腰捌きも、舐め廻すようなあの眼差しも、辛抱ならないモノで、とろとろに哭かされ、足掻かせて欲しいと心底願ってしまうのであった。 タダ、もう少し我儘をいうなら、甘い声でオレの名前を呼んでくれたら、文句のつけようもないのだが──。 「──ねぇ!そんなに堤谷先生のことが好きなの!」 オレは一気に現実に引き戻される。そして、絶句と共に、鏡越しにある瀬戸のおぞましい表情に凍りついた。オレが顧みることができないのは、その瀬戸に両手首と首筋を掴まれているからだろう。鏡に張りつけられるように身体は押さえつけられ、タカが10センチも満たない身長差に押し負けていた。 ワンコで、チャラ男そうにみえても瀬戸は立派な男で腕力だってある。 「…………せ、………と………」 どういうつもりだと睨みつけても、鏡越しで押さえつけられていたら迫力もなにもない。タダの負け惜しみにしか聞こえないソレは、瀬戸も同じようであった。 「ん?なに?俺に押し負けるとは思っていなかったとか?」 瀬戸の言葉にオレも同意見だったが、オレのうなじに、いや、堤谷先生につけられた紅い模様に唇を押しあてると言葉にならなかった。況してや、舌先でチョロチョロと舐められたらもう嫌な予感しかしない。 「………や、め──」 「──ない。ぅ~ん、ちょっと違うか?止めて上げない♪」 クスクスと喉で笑う瀬戸がおぞましいと感じるのは、多分、鏡に映る瀬戸の目に正気が込もっていないせいだろう。そう、悪ふざけも大概にしろ!という雰囲気ではなかったのだ。 「た、のむ。なんでもいうこと聞くから!」 堤谷先生の証を消されたくない一心で、オレは叫んだ。もう2度とつけてくれないかもしれないと思うと、涙まで滲んだ。 「ふ~ん、なんでもね♪」 瀬戸は喉を鳴らしながら愉快そうに笑い、うなじにある紅い模様に舌を這わせる。その度に布越しに擦りつける瀬戸の指は、オレの蕾に大きく食い込んできていた。 「せ、と!」 「ん?どうしたの?」 なんでもいうこと聞くんじゃなかったの?と首を傾げる瀬戸は、オレのうなじから離れようとはしない。オレはいつソレにかぶりつかれるか気が気でなかった。 「た、のむから………」 「ダ~メ♪ソレに、今は俺に逆らわない方がイイと思うよ♪」 大きく息を吸い、瀬戸はオレのうなじにかぶりつこうとしている。鏡越しにみえるソレに、オレは頭が真っ白になっていた。 「せ、……と!や、…め!」 ボタボタと涙が床に溢れ落ちる。男なのに、そう思っても、零れる涙は止まることをしらないでいた。そして、瀬戸の八重歯がオレの肌にザックと食い込むのだった。 見開く眼に、オレは瞬時にバチが当たったんだと思った。懐いていた高徳を完膚なきまでにフッた、その代償だとも思えた。 そう、高徳はオレに憧れ、陸上部に入ったといってきた。高跳びを選択したのもそうで、オレにどうにか気に入られたくって必死にオレの横に並び、必死に競技に打ち込んでいた。そんな姿の高徳に惚れたのが堤谷先生で、そのときはまだオレとつき合っていた。そして、高徳が全国大会で優勝したとき、オレは堤谷先生にフラれたのだ。その後、高徳に呼びだされコクられたが、オレは感情のまま完膚なきまでに高徳のことをフッたのだった。 『俺、高跳びには興味ないんで、──芹沢先輩のことが好きで、──芹沢先輩が喜ぶかと思って優勝しただけです!』 『──そ、だが、オレはお前のことコレっぽっちも好きじゃないし、況してや、オレの記録を塗り替えて優勝したからっていってもコレっぽっちも嬉しいと思わなかった』 しかも、堤谷先生に色目を使ったりするなと八つ当たりし、お前の顔なんか2度とみたくないと罵声を浴びせてしまっていた。そんな高徳は部活動を辞めることまではしなかったが、無断欠席が多くなり、オレがいった通り堤谷先生を疎外し始めた。多分、女の子と派手に遊んでいるのも、そのことが大きく関係しているんだと思う。 「──本当、可愛い♪タカがキスマーク1つでこんなにも必死になって♪」 このまま犯したら、嗚咽を漏らして泣く?と耳許で瀬戸に囁かれたら、オレは愕然とするほかなかった。いろんなことを高く望み過ぎた。そう思えるくらい、オレの気持ちは後ろのめりに傾いていた。  

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