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第40話
Mr.Musicライブツアー、初日。
メンバー全員が揃って参加する、1年に1度の祭典。
その出演者欄に“glow”の名前は無い。
俺は衣装を羽織り、ステージ裏の待機場所に突っ立っていた。一見するだけならシンプルな紺のロングコートだけれど、よく見れば細かなレースやら細い銀のリボンやらがあしらわれたそれなりに豪華な衣装だ。俺のビジュアルは大して注目されやしないんだから、とは言ったものの、せっかくの復帰後第1公演なんだからって押し切られてしまった。別に不満があるわけじゃないけれど、なんだか申し訳ないような気もする。
そんなことを考えながら、手袋を嵌める。指先の感覚が狂わないようにと中指に引っ掛けて手の甲を覆う仕様のこの装飾も、今回のためにわざわざ新調されたものだった。ちなみに何故か俺の衣装変えは合間合間で5回も予定されている。不思議。
「なぁに変な顔してんすか、おひぃさんっ」
どん、と背中にかかった重みが俺を現実に引き戻す。
メンバーカラーである淡い緑色のジャケットを着て髪もきっちりセットした悠太が、嬉しそうにこちらを見下ろしていた。
「あ、悠太。なんかテンション高いなぁ」
「そりゃそうっすよ、ドームコンサートとか初めてっすから!あのでっかいモニターに自分が映るんだと思うとめっちゃ緊張しますけど」
「大丈夫だよ、おまえかっこいいから」
イケメンって着飾るとそこにいるだけで輝いてるよな、なんて内心思っていると、年相応の表情で「えへへ」と悠太は笑う。
そんな彼の肩を、ピンマイクを直しながらルカさんが叩いた。
「そうそう、まぁいざとなったら俺らが助けてやれるからあんま気負うなよ。ねぇテオ先輩?」
「隙があったら見せ場食っちゃうけどね」
「ひでぇ!」
わざわざ意地悪っぽく振る舞うあたりテオさんらしいなぁ。なんて様子を見守っていると、背後からもう1人分の靴音が近づいてくる。
「ふん、見ててくださいよ。やっとおひぃさんに伴奏して貰えるんすから、この機会に口説き落としますんで!」
「それは駄目」
振り返ったみんなの視線がこちらに注がれる中、その人は――伊織さんは、昔とほとんど変わらない声で余裕たっぷりに笑って言った。
「柊は俺の相棒だから。な?」
「ふふ、そうですねぇ。……あれ、りぃはどうしたんです?」
「社長と楽屋で待ってるよ。車で留守番してもらおうと思ってたんだけど、全然離れてくれなくて。楽屋にビデオ中継繋ぐ形で妥協してもらった」
「伊織さん帰ってきてからべったりですもんね。姿見えないと落ち着かないんでしょう」
コンサート中の様子がわかるように繋いだテレビの前に陣取って離れないりぃの様子が目に浮かぶ。
主人を待ち続けた忠犬は随分と寂しがりになったみたいだ。
そんなことを思って2人笑っていると、呆れたように腰に手をやった悠太が口を開く。
「こらそこ、2人の世界に入らないでもらえますぅー?つーかシラヌイ先輩、ブランクある癖に落ち着き過ぎっしょ」
「緊張はしてるよ、もちろん。サプライズで登場となるとどんな反応されるか予想できないし」
「……全然そんな風に見えないっすけど」
「そこはそれ、メンタルコントロールくらいはな」
丁度その時、「スタンバイお願いします」とスタッフから声がかかった。瞬間雰囲気ががらりと変わって、オープニングから出番のある他の3人がそれぞれのスタンバイ位置へと移動する。残ったのはまだ登場が先の、伊織さんと俺だけ。
「じゃあ俺たちもそろそろ移動しようか」
そう言って歩き出そうとする伊織さんの目の前に、俺は拳を突き付ける。それから、少し息を吸って。
「俺が、必ずあんたを連れてってみせます。望んでくれるならどこまでだって。だから、」
「俺と音楽演りましょう、伊織さん」
伊織さんは、笑って。
それからこつりと拳をぶつけてくれた。
「あぁ」
「よろしく、相棒」
もうすぐ、幕が上がる。
こうしてまた、俺と伊織さんの2人で作る音楽は進み始めた。終点の無い、遥かな旅だ。だって、
音楽は、無限なんだから。
第2部『赤の祝福』 完
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