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 とある田舎町のとある大企業の工場、12月26日の夕方5時。 「今年もよぉ働きました!ではよいお年を!」  よーぉ パンパンッ よっ パンパンッ 「じゃあこんあと7時から駅前ん“灯籠亭(とうろうてい)”に集合ばい!」  本日仕事納めの工場は工場長の手締めで勤務を終了した。製造部主任の安東(あんどう)珠一(ジュイチ)は終わると「はぁ」と一つため息をつき蹴伸びをした。すると後ろから上司が珠一の肩を叩いて「おつかれさん」と声をかけてきた。 「安東、お前どげんして行く?タクシー?」 「あー…俺ん家、東町やき歩きっす」 「あっそ、暗いき気をつけー」 「課長、俺男ばい」 「そげんこつ言うて博多ん地下鉄で痴漢げなされたんは何処ん安東かね?」 「かーちょーおー」  揶揄された珠一は口を尖らせながら帰り支度をした。揶揄した課長が愉快に笑っていると珠一の背後に一回り大きな影が忍び寄った。 「珠っちゃーん!」  珠一は後ろから豪快に抱きつかれた。「グエッ」と声をあげて前のめりになるが珠一はすぐに後ろをギロリと睨む。 「いーのーうーえぇ…」  珠一を(物理的に)苦しめる犯人は広報部主任で同級生の井上(いのうえ)泰示(タイシ)だった。珠一と泰示は高校からの付き合いで、かれこれ12年になる。そして泰示が隙あらば珠一にこの様なスキンシップをはかるのは日常光景であった。 「忘年会なんが食べらるーちゃろな?楽しみやね」 「知らん。俺は美味ぇ麦が呑めりゃよか」 「んー、酒飲みん珠っちゃんもよか男やねー♪」 「しゃあしい!離れんか、こん駄犬が!」  珠一がやっと泰示を払い退ける。毎度体力を消耗するこの行為に珠一は嫌気がさしていた。しかし職場の同僚達はこの光景も今年は最後かと思うと寂しい気持ちになったようだった。

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