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第24話

 こんな大胆な提案もなされたという。維管束に直接、除草剤を注入してみるというのはどうだろう?   しかし目下のところ、前脛骨動脈に寄生する形で活動をつづける維管束をピンポイントで根絶やしにする技術も医療器具もない。  樹皮症との闘いは、即ち時間との闘いであるにもかかわらず、何とも歯痒いことに経過を観察するにとどまっているのが実情だ。 「当たり散らして、悪かった」  ぽんぽんと頭を叩かれた。つられて上目をつかったせつな、めっきり面やつれしたさまに肺腑をえぐられた。 「おまえの前では〝頼りがいのある兄貴分〟でいなきゃならないが、今の俺には重荷だ。村に帰れ。帰って、おまえにふさわしい生き方を大切にしろ」 「いやだ、病気が治ったラウルと一緒に帰る。ラウルがいるところが、おれの居場所だ。どこにも行きたくない、どこにもやらないで」  なかば叫びながらラウルににじり寄った。一転して、うずくまる。両足を捧げ持ち、痛々しく変形した爪先にくちづけると、ため息が鼓膜を震わせた。 「おまえは、相当な頑固だなあ」  髪をかき乱された。市村に触れられたさいには(くちばし)で攻撃するようだった胸の小鳥が、羞じらうように羽をばたつかせる。 「ほだされてやる、好きにしろ」  カイルはにっこり笑い、大きくうなずいた。ラウルとともに見張り番を務めた夜に狼が奇襲をかけてくることがあれば、きっと彼が返り討ちにしてくれただろう。  幼いころから、たくさん優しくしてもらった。今まで以上に心を砕いて、ラウルが居心地よく暮らしていけるように努めよう、と思う。  と、決意を新たにするはしから表情が曇る。満天の星の(もと)でじゃれ合い、焚き火に照り映える横顔に見蕩れたあの夜、ライルの足にはすでに異変が生じていた。  もしも、とカイルは呟いた。何がなんでもあの時点でラウルを病院に担ぎ込んでいれば、維管束を根絶することは可能だったかもしれない。  そう思うと申し訳なさに睫毛が湿り、わざと欠伸をしてごまかすと、 「皿洗いはきついか。ずいぶん荒れたな」  手が摑み取られて、ひと回り大きな手にくるまれた。押しくらまんじゅうの状態に羊の群れに囲まれているように全身が火照り、殊に下腹部が熱を持つ。  あかぎれに軟膏をすり込むように指の腹をくすぐられると、肌寒い夜にもかかわらず、なおさら蒸れる。  カイルはやや強引に手をほどくと、膝を抱えて背中を丸めた。股間に違和感を覚えて視線を移し、凍りつく。  ジーンズの中心が、明らかに膨らんできている。  よりによってなごやかな雰囲気が漂いはじめたときに劣情をもよおすなんて、と舌打ちをしたくなった。膝をいっそう胸に引きつけると、逆効果だ。布地にこすれてペニスがかえって頭をもたげる始末で、これでは身動きひとつできない。  カイルは女を知らない、知りたいとも思わない。  羊の乳を搾ってやるついでに、ときどき精を放つ程度で十分だ。特に最近は頭の中がラウル一色で、勃つものも勃たなかった。  こんなことなら、と口を真一文字に結ぶ。ゆうべ風呂に入ったときにでも、射精()しておけばよかった。 「どうした、顔が赤いぞ。熱があるのか」  額に手があてがわれると、下腹部が甘やかにざわめく。ジーンズの前がますます窮屈になり、カイルは甲羅に隠れる亀のように縮こまった。  隣の部屋に逃げ込みたいが、それはできない相談だ。俺の足が気色悪いと思って逃げた、というふうに曲解されれば一巻の終わり。即座に叩き出されて、ラウルの心からも締め出されて、二度と口をきいてもらえない。だから、ひたすら堪え忍ぶ。 「おまえは無理をする。今夜は早く(やす)め」    前髪が吐息にそよぐほどの近さから顔を覗き込まれた瞬間、名案が浮かんだ。床にうつぶせて芋虫のように這い進めば、ふざけていると言い繕えるうえに股間の浅ましい変化に気づかれずにすむ。  カイルはさっそく上体をひねり、その直後、玄関で物音がした。  モニが帰ってきたのだ。  ペニスが萎えたのを幸いに、カイルは跳ね起きた。ラウルは、急いで室内履きに足を押し込んだ。

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