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第26話

 ややあって台所に顔を出したモニは、ほのかに酒臭い。おまけに見覚えのないニットのワンピースが、くびれた腰の線を際立たせている。  カイルは(まなじり)をつりあげた。モニが、自分の傍らをすり抜けて冷蔵庫を開けにいきしな、姉の手首を摑んだ。 「毎日毎日、寄り道して。仕事が終わったら、たまにはまっすぐ帰ってこいよ」 「あたしにも職場のつき合いがあるの。がみがみがみがみ、うんざり」 「姉弟(きょうだい)喧嘩は見飽きたぞ」  ラウルが、ふたりの間に割って入った。その拍子にぐっと垢抜けた姿に見蕩れ、目の毒だというふうに顔を背ける。  まだ恋心がくすぶっている、明日をも知れない身ではモニに愛を囁く資格がない。  頬がゆがみ、瞳が翳りを帯びたさまが、やるせない思いが渦巻く胸のうちを物語っていた。  カイルは唇を嚙みしめた。流し台に向き直り、あらためて包丁を手にすると、玉ねぎを真っ二つに切った。 「お土産にケーキを買ってきたの。お茶にしましょ」  モニがラウルに笑いかけた。そのくせ、ひとりでさっさと居間に行く。  花の香りに誘われる昆虫のようにラウルが後につづくと、蚊帳(かや)の外に置かれたも同然だ。カイルはムキになって包丁を動かし、薄切りにする、と教わった玉ねぎをいつしかみじん切りにしていた。  台所と居間はひとつづきで、料理をしながらでも会話に加わりやすい造りだ。なのに透明な壁で隔てられているように、ソファがやけに遠くに感じられる。 「まず、ニンニクをオリーブオイルで炒めて……」  鍋を熱しはじめたものの、にわかに虚しくなった。だいたいケーキを食べ終えたあとにブイヤベースを勧めても、頓珍漢ぶりを嗤われるのがオチだ。  ラウルに手料理をふるまおうとすることじたい、自己満足以外のなにものでもない。  第一、ラウルとモニは苺と栗を取り換えっこしてケーキに舌鼓を打つ、というぐあいに睦ましげだ。  ため息交じりにイカを輪切りにした。思い起こせば子どものころから、この図式だ。  羊を呼び集めるコツをラウルから教わっているときも、馬に鞍をつけるやり方を習っているときも、モニが必ず割り込んできた。  そして、これ見よがしにラウルにまとわりついたものだ。 「モニがアイスクリーム屋の売り子とはな。クリームを落とした、注文を間違えたなんて、ヘマをやらかしまくってるんじゃないのか」 「ひどぉい、歴代の店員の中で仕事を憶えるのが一番早いって、店長に褒められたのよ」  媚を売るのは得意だよな、とカイルは腹の中で毒づいた。香りづけのニンニクをオリーブオイルで炒めるさいに、鍋肌に指をぶつけた。  火傷をした指より、心がひりひりと痛む。

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