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第7話

 北西の村ロッホの魔女狩りへ往く、前日。夜まで準備に追われていたジークフリートは、ようやく得た暇に、バルコニーへ出て夜空を眺めていた。  ただ、示された道を進むのみ。彼と約束したことだ。この手で殺したことを、殺すことを――嘆くな。迷いは死者への冒涜になる――それは、わかって、いるけれど。 「――ここにいましたか、ジークフリート様」 「……シルヴェストル」  友人の――肌の温かさを思い出し、胸が締め付けられる。あの笑顔を、もう一度みたい。その想いに、道が見えなくなりそうになった、そのとき。声をかけてきたのは、いつの間にかバルコニーに出てきていたシルヴェストルだ。 「――何を考えていたんですか。召喚されてから毎日のように貴方に抱かれていたような気がしましたが、この一週間……私に、触れてもきませんでしたね」 「なんだ、抱かれたかったのか」 「御冗談を」  ジークフリートは振り向いて、シルヴェストルを見つめた。シルヴェストルはジークフリートを見つめ返し、一歩、近づく。 「魔力を流すことによって無理矢理私を従わせるのは、やめたんですか?」 「……。おまえは頑固だから、俺がいくら魔力を流しても俺に反抗するんだろう? それに――おまえをそうやって無理やり従わせたところで、俺は俺の在り方を失うだけだ。あの時――カイと、約束したのに」 「……貴方が殺めた、友人」 「迷いは、きっといつまでも付きまとう。俺は、あいつを殺したことを後悔しないと決めたが、それでもあいつともっと一緒にいたかった。自分の行いを正しいなんて、死ぬまで言い切れないだろう。でも――……「正義」を免罪符 にすれば、俺は……自分の罪から逃げた、ただの殺人鬼に成り果てる。自分の罪と向き合ってこその「正義」なのに」  シルヴェストルが目を細めた。微笑んでいる、わけではない。ただ、彼の言葉が嬉しかった。 「……シルヴェストル。俺は、きっと一生「正義」に迷う。自分の「正義」を信じることが出来る日は、ずっとずっと先になる。それでも――俺の使い魔でいてくれるか」 「……出逢ったときに、申し上げました。私は、貴方の決意の剣であり、貴方の心の天秤。貴方が己を信じた時、私は貴方の剣になりましょう。貴方が己を信じられないのなら、そのときまで貴方を見守りましょう。貴方が「正義」を見誤らない限り、私は貴方の「正義」で在り続けます」 「……あんなに乱暴なことをしたのに、それは許してくれるのか?」 「あれくらいのことは、些細なことです。貴方がこれから往く道は、血に濡れた道。人の嘆きを、願いを、踏みにじり、それでも貴方の「正義」のために覇道を往く。そしてそれに付き添う私も、この剣でたくさんの命を薙ぎ払うでしょう。その入り口に立ちながら、多少矜持を辱められたことを振り返ったりはしませんよ。……まあ、そんなにイヤではありませんでしたし」 「え、イヤじゃなかったのか?」 「……こほん、それはそれです。その話はまたあとで」  ほんのりと顔を赤らめて目を逸らしたシルヴェストルに、思わずジークフリートは詰め寄った。そうすればシルヴェストルはむすっと不愉快そうな顔をしたかと思うと、またジークフリートと距離をとってしまう。  ジークフリートはふっと苦笑して、「シルヴェストル」と優しい声で呼んだ。シルヴェストルはちらりとジークフリートを見遣り、面はゆいといった風にちらちらと視線を泳がせている。 「もう一度、契約をやり直させてくれないか。魔術的な意味はないが、まあ……「正義」とおまえに向き合いたい、俺の決意のために」  ジークフリートの瞳が、シルヴェストルを映す。シルヴェストルはふわりと月光に濡れる金糸の髪を夜風に揺らしながら、一歩下がった。そして、く、と顔をあげるとその眼にジークフリートの姿を、焼き付ける。  ジークフリートはふうと息を吐き、そして、水の揺蕩うような声で、詠う。 「二十二の神秘より来たれ、「正義」を冠する者。我は汝の血となる者、汝は我が命運を開く者。我が召喚に応じるのならば其の瞼を開けよ、己のが眼に我が姿を焼き付けよ。ジークフリート・クラインシュタイン――我が名をその魂に刻むがいい」  シルヴェストルはにっと笑うと、ジークフリートの前に跪いた。そして、胸に手を当て――ジークフリートをその瞳に捉える。 「貴方の召喚に応じましょう、私は第八の神秘――「正義」。貴方の決意の剣となり、貴方の心の天秤となる者」  夜風が吹く。  美しき使い魔に、ジークフリートは自らの手で殺めた友人の瞳を思い出す。  ああ、俺は彼に導かれ、彼に救われた。  そんな俺は、今度は――国を救う。 「――我が剣にて貴方の覇道を謳う。幾千の屍を越えて、貴方の正義を往く。地獄の果てまで、お伴します」  「正義」の在り処を、ここに定めよう。  俺は―― 「誓おう――俺は、ジークフリート・クラインシュタイン、貴方の正義を最期まで見届けると――!」  ――おまえと共に、生きるのだ。

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