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第10話

一瞬空気が冷え切って、イーグルの隣に座っている男がふっと鼻先で馬鹿にしたように笑うのが聞こえて、拳を握り込む。 でーすよねー。 まあ、信じては貰えないのは、想定の内だ。 こんなムカつく態度とられるのは、マジで腹がたつが。 ここに来ているイーグル自身でさえ、頭のどこかで信じられないとすら思っている。 でも現実は、時を超えて過去にきているのだ。 「時間は超えられない。政府もその事象は空想科学にしか過ぎないと発表している。そんなのガキでも知ってる話だ」 「そうだろうね。まあ、……科学者に政府が開発を禁じているんだ、政府が認めるわけがない。ま、危険だろうしね。作ったら重罪だよ」 来る前に聞いたデルファーの話をそのまま返すと、僅かにジムの表情が揺らいだように変わる。 タイムマシーンなんて代物が簡単にできてしまったら、世の中が混乱するのは明らかだ。 悪用されれば、何が起こるか分からない。過去が勝手に書き換わってしまったらいくつものパラドックスが起こりうる話でなにからなにまでが作り替えられてしまう。 禁止されるのは、至極当然の話だ。 「37年後はおいといて…………カリストか。お前はカリストの人間なんだな」 どことなく砕けた口調になり、カリストの地元の人々が良く使うイントネーションでジムは試すかのように言葉を発した。 少しだけ変わったイントネーションなので、地元民でないとその微妙な加減はわからない。 「ああ。アンタも、みたいだな。ふうん偶然ってのはすごいな、年寄りか医者しかいないからな、あそこは」 イーグルは、意図を分かったとばかりに同じイントネーションで言葉を返しすと、体の力を抜いて目を閉じる。 カリスト星は比較的穏やかな天候と季節を有した星で、主に医療が発展した惑星であり、病人や余生を送る引退者などが終の住まいに選ぶような星である。 「そうだなァ、確かにジジババばっかでつまんねえ星だな。生まれた時からそこに居たけど、本当に退屈なトコだよ」 「アンタにはそうだろうね、遊びたい盛りって感じだもんな。年、いくつなんだ?」 野生的な横顔を眺めながら、故郷の星を語る男に、なんだか少年らしい表情を見て、思わずイーグルは歳を尋ねた。 「19だ。アンタも俺とかわらないか、20かそこらって感じだよな」 気安い調子で身をのりだす相手に、歳相応の若さを感じて、思わずイーグルは笑みをつくる。 「あっは、すげえ若いんだな。俺は28歳。結構いい歳でしょ」 イーグルの歳を聞くと、目を見開き驚いたような表情を浮かべて、少しため息をついて呆れた顔になると 「いい歳こいたオッサンが、タイムマシーンとかいってちゃ駄目じゃねえか?」 心配そうに顔を覗き込んでくるジムの表情に、イーグルは思わず吹き出した。 「まあ、信じないよな。カリストで医者をやってるんだ、これでも」 指先で自分を指して、にっと笑って胸を張ってみせる。 「へえ、意外。あれ、ウォーリアやってるってさっき言わなかったか?どっちが本当なんだよ」 首を傾げて記憶をたどるジムに、イーグルは何度かうなずき、 「元ウォーリアだって。3年前までね、親の敷いたレールから逸れてみたい年頃ってあるだろ。俺の実家の家業が医療系でね。反対のことしてみたいなーみたいな憧れ」 「反抗期とかなさそうな顔してるけどなァ」 それこそ意外だという表情と、どこか寂しげな顔つきに、イーグルはジムの頭を思わず手を伸ばしてわしゃわしゃと撫で回す。 「キミは反抗期まっさかりって感じだよね」 「んー、物心ついてから常に反抗期だけどなァ」 ジムの言葉にそれっぽーいと肩を揺らして笑い、ちょっと天井を眺めてふっと笑う。 「ま、見た目どおりなのか、なんだかんだでファザコンなのよ、俺」 「ファザコンね。マザコンじゃねえだけマシじゃねえの」 「小さいときに、オフクロは死んじゃったからね」 軽い口調で告げるも、ジムは少しだけ決まり悪そうな表情を浮かべる。 「ふうん。それでファザコンか。ああ、グレンって親父さんの名前?ヤッてる最中にすげえ呼んでた」 「あー、それは恋人の名前。アンタに似てるからな、身代わりにしちまった」 いくらファザコンでも最中には呼ばないだろう。一体どっからでてくるんだ、その発想は。 思わず慌てて否定すると、何を思ったのかジムは甘えるような表情でイーグルの膝の上に頭を乗せて顔を覗き込む。 「……ふうん。なるほどねェ。そいつ俺に似てるのか、いっそ俺にしたらどう?俺のがイケメンだし、苦労はさせないぜ」 「あらやだ、おっさんに惚れちゃった?」 冗談のように言葉を返して、イーグルはいなすようなやそっと散らばる黒髪を手櫛で梳く。 「ちぇ、俺も身代わりだよ。決して手に入れられない、俺の好きなヤツにお前が似てるから」 唇を尖らせ対抗するような口調で言う、ジムの歳相応な表情に安心感を覚える。 「身代わりね。じゃあ、やめとくよ。それに未来に帰らないとな」 寂しそうな顔つきをするジムに、ほっとけないような顔をすると、イーグルは上半身をかがめてあやすように啄ばむ様なくちづけを何度か繰り返す。 「大事な人がいるんだ」 「はっ、言ってることとやってること、ちげーんだけど?」 「そだね。俺はいつも、そんなだよ」 呟くように微笑むイーグルに、ジムは少しだけまゆを引き上げて、やっぱし違うなと呟いた。

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