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第12話
イーグルが目を覚ますと、鼻に優しいコーヒーの香りが部屋に充満していた。
朝は大抵、コーヒーの匂いで目が覚める。
目を開いて映る天井の景色に違和感を抱いて、額を押さえながらイーグルは体を起こした。
ここは……どこだ。あ…………そうか。
俺、いま、過去の世界に来たんだっけ。
イーグルは首を何度か振って、記憶をたどるように高級マンションの一室を見回す。
生活感がないわけじゃないが、どことなく殺風景にも見える部屋である。
「目ェ覚めたのか……?」
コーヒーカップを手にして、起き上がったイーグルに気がつくと、歩み寄ってくるジムは、ひょいっと温かいカップを差し出す。
「あ、ああ。一瞬家に居るのかと思って……た。コーヒーの匂いが、ウチのと同じだったからさ」
「コーヒーにそんな匂いの違いはねえだろ」
可笑しそうに笑い、イーグルがカップを受け取る様子に笑みを返すと、その横に腰を下ろした。
イーグルは手にしたカップのコーヒを1口飲んで目を細める。
「これ、ゼルマン山の珈琲だよな。親父がゼルマンの珈琲が好きでさ、ウチじゃあずっとそうなんだ」
カップに口をつけて飲む様子は、育ちのいい家庭特有の仕草であり、スパイだとしてもかなりの訓練を受けなければこれほどまでの動きはできないだろう。
イーグルの些細な動きや仕草をじっとジムは眺めている。
「……でも、ゼルマンの豆はあんまり出回ってないのにな。奇遇だな」
どこかその腑に落ちない様子で、ジムは眉を寄せた。
「そうだよね。だから、家にいるつもりで起きたら、君の部屋だったからびっくりした」
「いいよ、ジムって呼んでくれ。君とか言われるのはくすぐってえよ。えーと、オマエの話だと未来からきたんじゃ、今はもうないものもあるだろうし観光でもするか」
ジムの提案に、好奇心で目を輝かせるイーグルの表情にうそはないようだった。
「確かに、貴重な経験だよね。この都市自体がもう俺の時代には壊滅しててないからね。観光案内してもらおう。人探しもあるんだけど……」
言っているこあとに嘘はないとわかっていても、「人探し」の内容が内容だけに信じられないでいる。
デューン家といえば、中央政府の勢力の一端を担う有力者である。
たとえ未来だとしても、そんな御曹司がふらふらと違法なタイムトラベルなんかに手を出すのが、そもそもおかしいのだ。
信じる方が馬鹿だよな。
「人探しは……任せておけよ。俺がやっとく」
「そうか。ホントに助かる。アリガトな、ジム」
すぐに人を信用しきってしまうような、人のよさそうな笑顔にジムは苛立った表情で奥歯を噛んだ。
「オマエさ………、そんな油断してていいのか?俺に何されたか忘れちまったのか?」
「覚えてるよ。セックスくらいで傷つくお年頃でもないしな、俺、若いときは結構な遊び人だったし」
しれっと言って、自分の顔を指差して”イケメンでしょ”と軽く付け加える様子に、呆れたようにジムは吐息をついた。
「オマエ……貞操観念とかないのか。恋人いるんだろ」
思わず突っ込むと、イーグルはコーヒーを飲み込みながら天井を見上げた。
「んー、まあ、ほら………恋人とのなれ初めも、監禁強姦だったっていうねー」
「その理論でいくと、オマエは強姦されても靡くのか」
「いや、好みのタイプだったしなあ」
呆れを通り越して、口をあんぐりとあけてからりとしている、年上の男をまじまじと見やる。
「人間として、相手が卑劣でもこのみならいいのか」
「それいっちゃうと、ジムも卑劣ってことに……」
「俺は卑劣だからいいんだよ」
少しだけでも落ち着こうと、ジムは自分のコーヒーを飲み干して、カップをベッドヘッドに置いた。
金髪の綺麗な顔をした男は、どうしようもないくらいなお人よしなのだろう。
そして、かなり螺子が足りない。
「ジムも好みのタイプだけどね」
じいっとジムの顔を眺めながら、言葉を繰り出すイーグルにジムは戸惑いを隠そうとする。
誘ってるのか天然なのか、マジでやっかいだな。
「オマエの好みってどうなんだ……」
「黒髪には弱い。親父の髪が綺麗な黒髪なんだ。ファザコンだからね……恋人も親父に似てて、従兄弟だから当然なんだけどね。親父は双子だから弟の息子だから、恋人の方が親父に似てる。俺は母似だからね」
イーグルは表情は柔和だが、目元だけ少し切れ長で鋭さを持っている。
ジムは一瞬何かに衝撃を受けた表情を浮かべたが、軽く頭を横に振って、イーグルの顔を見返して呆れたようにつぶやいた。
「……重度のファザコン具合だな」
「そうだね。自分でもそう思うよ。俺がちょうどジムくらいの時、旅客船事故に乗じて家出したのも、そんな自分がヤバイって思ったからだし。」
研究発表につれていかれた先で、旅客船が事故に遭い、船から投げ出され奇跡的に助けられたが、家に戻らずウォーリアとして生きた時期があった。
家に帰る気はそのころはなかった。親父が迎えにきてくれなければ、ずっと自分はウォーリアのままだったに違いない。
「ヤバイって?」
「……親父が好きすぎて、毎晩親父を犯す夢を見て……こりゃあ一緒にいれんと」
ついつい出てしまった言葉に、会わせてもらえなかったらどうしようと焦ったが、ジムは頭をかかえて想像したのか微妙な表情を浮かべている。
「犯すほうかよ、ひでえな、その夢」
「いやいや、ジム。もし会ったことあるならわかると思うけど、俺の親父はめっちゃ紳士でハンサムだけど、すげえ色っぽいんだ。マジであれはフェロモンやばいんだって。」
「……いや、息子にそんなひでえ妄想抱かれてるって……。その親父さん……可哀想すぎじゃねえか……まさか、会って若い頃の親父さんを……」
見た目とのギャップを通り過ぎたイーグルの破天荒さに、ジムは常識をかなぐり捨てたほうがいいと考えた。
要するに重度のファザコンで変態なのである。
「いや、そこまでは考えてねえよ。遠くで見るだけで……いや、ハグできたらいいなとか、若い親父はいいにおいするのか嗅ぎたいとか…そんなくらいだ」
「普通に………オマエ、思考回路が変態だな」
そんなくらいじゃねえよと突っ込みをいれつつ、ジムはため息を漏らした。
昨日採取した髪の毛でDNAを調べれば済む話である。
目の前の男は、母親似だというようにエルシア・デューンとの相似点はあまりなさそうである。
DNAを調べれば相似はなくとも、遺伝子ですぐにわかる。
「まあ、それはオプションだよ。今、俺、政府に子供作れって言われてて、親父にあったら聞きたくて。子供ができたら無条件で愛せるかって。恋人との子供でもない、自分の子を」
デューンの血筋を守るためには、自分かグレンのどちらかが子供を成さなくてはならない。
グレンは自分以外とは無理だそうなので、結局話は自分のとこにきた。
「生きてるなら、お前の時代の親父さんに聞けばいいんじゃないか」
「生きてるけど、若い頃の親父に聞きたいんだよ」
何もかも知っている親父にではなく、何も知らない時代の親父に聞きたかった。
俺を愛してくれている親父ではなく、俺を知らない親父に。
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