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第22話
「だから心配だったんです。この浮気者」
グレンは自分のつけていない痕跡を見つけて、イーグルに憤りをあらわにしている。
くってかかって、すねまくりのいじけまくりでそれはそれは手に負えない。
「だから、浮気じゃなくてね、強姦だったの」
「貴方が別に気にしていないっていう態度なのが気にいらないんですよ」
……片思いの人か。
グレンにドコとなく似ていて、ちょっと野性味のある肉食獣のような人だった。
今のあの人とはまったく違う。
思い出すように天井を見上げると、グレンは不機嫌に唇を尖らせている。
そう簡単に赦してくれないか。
「グレン、旅行いこうか」
思いついたようにイーグルはぽんと拳をたたいて、グレンの首に腕を巻きつける。
「話そらさないでください」
ぎりっと睨まれて、イーグルはグレンの頬をそっと撫でる。
「俺がオマエを好きで、一生一緒にいたいって思ってる。それでよくねぇ?」
誰になにされてもその気持ちが揺るがないのなら、それでよくないだろうか。
「……面倒だと思ってるんでしょ。ホントにどうしようもない浮気モノですよ、イーグルは」
「面倒ごとオマエが好きだよ」
頬にちゅっと唇をくっつける。染まる頬が可愛いらしい。
本当に大事なひとだから、怒ってほしくないなっといいながら顔をみつめると、しぶしぶながらグレンはイーグルに向き直って抱き返した。
「イーグル、政府からの要請は受けるのか」
パンと目玉焼きとコーヒーの、親父と二人きりのいつもの食卓。
コーヒーはいつものゼルマン山のもの。
料理はいつも親父がしてくれている。
いつも美味しい料理で、本当に器用なひとだなと思う。
「はい、受けようと思います。俺で傑家の血を絶やすわけにもいかないですしね」
政府からきている血を絶やさないためのプラン。
子供を作らなくてはいけない。グレンにも話は済ませていて、グレンも自分では無理だと思って俺に任せるといってきている。
イーグルに向けた問いかけの答えに、父親は僅かに瞳を曇らせる。
「それで、お前は幸せなのか」
「別に、好きな人と別れるわけでもなく、大事な人がひとり増えるだけなので、問題ないですよ。父さん、心配しないでください」
気遣うような父の言葉に、なんとなく救われる。
あの時のジムがこの父になるなんて、まったく人生わからないものである。
父親のきちんとととのったシャツは清潔そうで、綺麗に整えられた口ひげは威厳がある。
「そうか。ならいい」
答えが返って来て、ベーコンを口にしようとフォークで突き刺すと、じっっと見つめる父親の青い瞳にぶつかる。
「イーグル……」
どこか思いつめた表情の父親に、イーグルはどう答えたものかと考えこむ。
「父さんが気に病むことはないですよ。僕が出した結論ですから」
眉根を寄せた姿は、なんとなくセクシーだなとか考えてしまうあたり、俺は駄目な息子すぎる。
イーグルは取り繕うように笑みを返した。
父親は、首を横に振ってイーグルをとらえるとじっと眺める。
「いや……、最近昔のことを思い出したんだが…、昔の私に会いにきた…?」
「え……」
一瞬の間。
そして、すべてを理解する。
「えええええええええええええええええ」
「……駄目じゃん、デルファーの機械…」
確かに首筋に衝撃波を送ったはずだ。
なのに思い出すとか、ないだろ。マジで、ない。
「本当に、最近まで忘れていたんだ。そのときも医学館で長い夢を見たみたいな……」
ってことは、今目の前の父親はあの時の記憶があるってことで。
そうなると、いろいろ滅茶苦茶なことになるわけで。
「あはは、えっと……ちょっとタイムトラベルみたいな旅行とかしちゃいました。父さん」
頭を抱えて苦悩の表情を浮かべる父親に、イーグルは激しく焦っていた。
「私は息子の育て方を間違えたらしい」
うわ、勘当されたらどうしよう。
俺いきていけねえ。
つか、マジでデルファーの機械役立たずすぎる、何で思い出すの!!!
「待って、待って、父さん。いや、そりゃまあ、あの時話したのは本心だけど……、今はそんな目で父さんを見てませんから」
「そんな変態な息子だとは思わなかった」
頭を抱えたまま落胆したように生真面目に続ける父親に、机に頭をぶつけるほど深くこうべを垂れる。
「ごめんなさい、父さん。ごめんなさい」
どうしよう、どうしよう。
頭がそれだけでいっぱいになって、机にごんごん頭を打ち付けた。
「ぶっ、怒ってねーよ、ほら顔あげろって。ほら、頭大丈夫かよ?からかうと面白いんだなー、やっぱ。」
「父さん?」
急に砕けた口調に、恐る恐る顔をあげると、悪戯っぽい目をした父親の顔にぶつかる。
どこか意地悪そうな面白がるような表情。
あの時、ジムがいつもたたえていた表情だ。
「わかってるだろうけど、こっちが地なんだって。この稼業してると、うっかり地もだせない。もうオマエにバレてるなら疲れることはしない」
口ひげの奥の唇が皮肉気な笑いをたたえている。
「からかうなんて、ひどいです。」
紳士で優しいダンディな物腰の洗練された俺の父さん。が、偽者だったってことか。
「デルファーの機械か。まったく余計なものつくりやがって、あの発明小僧。エドは知っていたのか?」
「……まあ…知ってたらしいです。」
グレンの話から、デルファーの恋人のエドが知っていたのは間違いない。
「ヤツも同罪だな。つーか、昨日グレンに睨まれた。お前あのこと言ったのか?」
「ごめんなさい」
問い詰められて、仕方なく言ってしまった。
恋人には嘘つけないし、つきたくはない。
「嘘も方便だぞ。まあ、しょうがない、バカ正直になるように育てたのは俺だしな」
「あの後すぐに起きれましたか?風邪ひかなかったか心配で」
37年前、このひとにとっては凄い過去の話だ。
「覚えてないよ。入館時間から3時間だったから、そんなに寝てなかったと思う。お前は俺に対する態度変えないのな」
「……俺にとっては、変わらず父さんですよ」
伝えると、眉をあげて面白そうに笑う。
いつもの物腰の中に、ずっとこの表情を隠し続けていたのだろうか。
「もっと早く思い出したかったぜ。事故の時とかにな」
「……あれはあれで、よかったと思ってるので。ええっと…色々ふっきるのに必要な時間でした」
暫くしたあとに、父親はちょっとだけ責めるような眼差しを向ける。
「俺がどんだけ絶望したか分かってるのか?」
そのときには聞けなかった言葉。
何も言わずに受け入れてくれたから不安だったんだ。
今は、正直に言葉を伝えてくれている。
「ごめんなさい、父さん。生きていることだけでも知らせるべきでした」
くしゃくしゃっと髪の毛をかき回す大きな掌。
いいこだと言われているようで、照れくさい。
「今、オマエが幸せなら、俺はなんも言うことねえよ。俺も幸せだ」
あの時の言葉と同じように、彼は言った。
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