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第1話
新宿で買えないものはない。巷ではそんなことを言われている。女も男も、外国人も未成年も、脱法ハーブもクスリも金さえ出せば何でも手に入るのだと。
ラブホテルの部屋に入って即5秒くらいだったと思う。馨は勢いよく俺をベッドに押し倒すと、俺の服を荒々しく剥ぎ取り、自らも服を脱いで裸になった。
蒸れた熱をまとう馨の性器はすでにガチガチに勃っていた。メイクで女性的になった顔との倒錯感がすさまじく、脳髄がくらりとし、下半身にずくりと熱と重みが孕む。
俺は馨の裸体を引き寄せ、唇を奪った。すると馨はれろっと舌を出してきて、積極的に俺のと絡んでくる。
「ん……っ、んぁ……あ……!」
「……かおる」
ふー、ふーと餌を目の前にした、あるいは発情期真っ只中の肉食獣のような鼻息が頬にかかる。……序盤からここまで興奮し、痴女まがいなことをしてくるのは珍しい。普段はもっと慎ましく、それがべらぼうにエロいのだが、今夜の馨も超弩級にエロかった。
……これもすべて、盛られた媚薬のせいだけど。
辻 馨。旧姓は井沢。俺、辻 朔太郎の世界で一番美人で、愛してやまない奥さんだ。
馨は新宿二丁目で女装バーを経営している。金曜日の今夜は、同僚でゲイ雑誌のモデルも勤めている梨々子ちゃんとカウンターに立って接客していた。仕事を終えた俺は客として馨の店へ行き、いつものように黒霧ロックを呷りながら、オンナ口調で愛想を振りまく馨を半ば独占していた。
……のだが、途中で来店した見かけぬ顔の男が俺の横に座ると、紳士然とした表情と口調で俺たちに話しかけてきた。
「常連さんですか?」
「そうっすね。俺の奥さんの店なんで」
「奥さん?」
「目の前にいるビジョです」
「へぇ! この人が」
「ビジョなんかじゃないわ。朔ちゃん、そのドヤ顔やめて」
「いや、オネエさんすごく綺麗ですよ」
「ふふ。お兄さんまで、やめて頂戴」
3人での他愛のない会話が始まった。そのスカした野郎は四十路手前ほどで、百貨店に入っているような高級ブランドの私服を嫌味なく着こなした優男だった。物腰柔らかで話上手で、物知りだったので、教壇に立つ仕事でもしているのだろうと思いながら、俺と馨は男の話を聞いていた。
「この店、すごくいいですね。とても気に入った」
「そう? とても嬉しいわ。ありがとう、お兄さん」
「こちらこそ。……なので、お酒を奢らせてください。貴方は黒霧ロックで?」
「え? いいんすか?」
「もちろん。オネエさんは?」
「そんなの、悪いわよ」
「いいんですよ。今夜の素敵なひとときのお礼をさせてください」
じゃあ、お言葉に甘えて……と、俺は黒霧ロックを、馨はハイボールを奢ってもらい、スカシ野郎の二階堂のお湯割と乾杯した。程なくしてスカシ野郎は「また来ますね」と言って店を出て行った。
その後、梨々子ちゃんが「あんな優良物件がまだいたなんて……」と半ば驚き、半ば感動しながら、他の常連客と話していた時だった。
突然、馨がふらりとその場にしゃがみ込んだ。
俺は慌ててカウンターを乗り越え、馨のそばへ寄った。抱き寄せた身体は異様に火照っていて、こちらに力なく向けられた顔は、発熱時のようにふにゃりとし赤らんでいた。息も、ひどくあがっていた。
あの野郎の仕業だと確信した。
馨のハイボールに何かを入れたのだ。
なんだなんだ、馨ちゃんどうしたの、と心配そうにざわつく客を落ち着かせていた梨々子ちゃんが、馨の様子を見て、険しい表情になる。
「セックスドラッグね」
「え?」
「あの男、売人なのかその手の人間なのよ、きっと。まんまと騙されちゃったわ。これでもう出禁よ、出禁」
「な、何でんなもの、馨に盛ったんだよ」
「分からないけど……世の中ヘンな人ってたくさんいるから」
とにかく、と梨々子ちゃんは地毛のロングヘアーを掻き上げながら、深いため息をついた。
「店のことは私に任せて。朔くんは馨をどうにかしてあげて」
「どうにかって……」
梨々子ちゃんが俺の耳元で、男の声で囁いた。
「あんた、絶倫なんでしょ。前に馨にセックス事情聞き出した時、はにかみながら言ってたわよ」
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