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第1話

今は何時なのか…自分はどのくらいこうしているのか… 電気も点いていない真っ暗な部屋の中央、何の変哲もないベッドの上で、横たわったままの体がゴソリと動いた。 ひどく寒くて震えが止まらないのに、額から首から背中から、汗が滴り続ける。 せめて灯りだけでも点けたいと枕元のライトに手を伸ばそうと試みたものの、指の一本も動かす事は叶わなかった。 力が入らないのは勿論だが、身体中の節々が、筋肉がひどく痛み、瞼を持ち上げる事すらできなかったのだ。 『これは…ただの風邪じゃないかも……』 2日ほど前、雨に打たれながら結構な時間仕事をしていた事を思い出す。 翌日も体の重怠さを感じながら、自分が企画したイベントを休むわけにいかないと何も無い振りをしたのだった。 今日はスタッフに指示を伝えるだけ伝えて早退させてもらったものの、元来丈夫にできている自身の体を過信して、『寝てれば治るだろう』と病院には寄らずにいた。 そして今、現在に至る…… 仕方なかったのだ。 このところ、イベント開催に備えて残業が続き、誰より大切な家族を蔑ろにしていた。 こんな時でもなければ、今度はまたいつのんびり一緒に食事を摂れるかもわからないと考えると、つい足は病院ではなくスーパーへと向いてしまった。 それなのに、結局部屋に入った途端一気に体が重くなり、ベッドに一直線。 せっかく久々にあれこれ購入した食材も、玄関先に置きっぱなしだ。 『こんな時、ほんと独り暮らしって辛いな…』 家族はいても、独り暮らしには違いない。 下がる気配の無い熱に気が弱くなっているのか、動かない体と痛む肺に不安が募ってきたのか、開かない瞼の隙間からはポロポロと涙が溢れた。 その時ふと、完全な闇だった瞼の裏が突然強い光を感じた。 世界が一気に真っ白になったように錯覚するほどの光量にも関わらず不思議と眩しいと不快に思う事は無い。 寧ろ温かさや懐かしさを感じてしまい、妙に心地よい。 気のせいなのかもしれないが、僅かながら呼吸のたびに感じていた痛みも軽くなったようだ。 しかし、その光源を確かめる為に瞼を開こうという気持ちにはどうにもならない。 どうやら今は不思議な光の正体より、体は睡眠を欲しているらしい。 止まらない震えを自分の腕で必死に抑え込むように強く自らを抱き締め、意識を再び深い場所へと沈めていく。 その手に、そっと温もりが重なった。 この部屋には…自分だけしかいないのに? 頭に疑問が過ったのはほんの一瞬。 けれどその疑問も、一人きりでは無いという安心感にすぐに塗り替えられる。 ……この温もりを…知っている…… 思わずその温もりに動かない指で縋ろうとすると、その気持ちを推し測ったかのように手のひらをしっかりと包み込まれた。 『朝日さん…辛いですよね……』 耳に届くのは若木を思わせる瑞々しく澄んだ声。 初めて聞くはずのその声を、何故だか朝日は知っている。 誰よりも愛しい家族のそれと似ているように思えて、頼りなくも幸せそうにフワリと微笑んだ。 「ごめんな…飯の準備も……」 掠れ、それは切れ切れの吐息にも聞こえる小さな声。 喋らなくていいとでも言うように、指らしき物がそっと唇を押さえた。 『遅くなってごめんなさい。今僕が…朝日さんを助けてあげます。だから僕の気持ち、受け取ってくださいね』 声と共に、朝日の唇にひんやりと湿った物が触れる。 触れた場所から伸びてきた何かが、乾いて開く事も容易ではない唇の間へと忍び込んできた。 蠢くその感触に一瞬ビクリと体は強張ったものの、すぐにそれが決して不快ではない事に気付く。 蠢く軟体動物のような物が、喉奥で縮こまっていた朝日の舌を絡めとる。 その軟体動物を伝って流れ込んで来た温かい物を、何故か朝日は素直にゴクゴクと嚥下していた。

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