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第2話

「それで? お前は一体何者だ?」 昨日の高熱が嘘のように、朝日の体は楽になっていた。 ついでに、流れ続けて絞れるほどになっていたであろう汗だらけの服がパジャマに変わっており、ベッドのシーツはサラサラだ。 独り暮らしの部屋なのに!?という疑問が浮かんだ途端ベッドルームを飛び出した朝日の目の前には……見た事も無い青年がニコニコと立っていた。 キリリと大きく切れ長の目に高い鼻梁。 一見すれば冷たそうに思えるほど整った顔立ちだが、朝日に向けて嬉しそうに目を細める仕草からは愛嬌のような物も感じさせる。 平均よりいくらか身長が高いはずの朝日の頭1つ分は上にある目線と、がっしりと広い肩幅。 恐ろしいほどの男振りではあるが、その肌艶を見る限り思いの外若いのかもしれない。 10代後半から20歳そこそこというところか。 愛嬌があろうが男前だろうが若かろうが、この青年が『不法侵入』している『不審者』という事には変わりないが。 「おはようございます、朝日さん。もう体は大丈夫ですか?」 「あ、大丈夫……って、だからお前誰だよ! 警察呼ぶぞ!」 「警察を呼ばれても怖くはないんですけど、朝日さんにそんな目で見られるのは…ちょっと悲しいです」 本気で悲しんでいるかのように、睫毛を微かに震わせながら青年が俯く。 『まるで俺が悪いみたいじゃないか!』と思いつつも、そのしょぼくれる姿が一瞬記憶の片隅の何かと一致して心臓がギュッと痛くなった。 思わず手を伸ばし、黒々と艶やかな髪の毛をそっと撫でてしまう。 その瞬間。 足元にフワッと空気の対流が生まれた。 それは1度ではなく、まるで団扇でゆるやかに扇ぐように、右から左から交互に風が起きる。 なんとなくその風の出所を目で追い…朝日は我が目を疑った。 目の前の青年の背後、腰から下に向けて、フッサリとボリュームのある尻尾がゆったりと左右に揺れていたのだ。 根元が太く黒いそれは、猫のようにしなやかな物でも狼や狐のように重々しく垂れ下がった物でもない。 毎日目にしている、愛しい家族のそれと同じ、クルンと上に綺麗に巻いていた。 朝日の視線がそこに向いていると気づいたのか。 まるで『触って触って』とでもねだるように、その『巻尾』のような物はフルフルと動きを激しくする。 どうやらそれは作り物ではないと気付き、青年の頭に置きっぱなしになっていた手を慌ててどけようとして、こんどはその手のひらにピョコンと髪の毛ではない物が触れた。 髪の毛と同じ色の、三角の尖った物がピクピクと動き、青年の顔と同じようにしょぼくれて伏せられた。 「み…耳……!? そ、それにその後ろにあるのは…尻尾…本物……か?」 「まだ、完全な人型になるの慣れてなくて…もう少ししたら、ちゃんと調整できるように……」 先程から自分の投げ掛ける質問に対して青年はまともに答えようとしない。 穏やかな気質の朝日にしては珍しくイライラし、ドンッと床を大きく踏み鳴らした。 その音と振動にビクンと怯えたような目を向けた青年は、大きな体を丸める。 その姿は、また朝日の記憶の中の何かと重なって見えた。 「マジでお前…誰?」 まさかと思いながら、それでも頭に浮かんだ1つの考えが間違いではないとどこか確信のように感じていた。 あり得ないのに、目の前の青年の耳の動きで、尻尾の揺れ方で、その気持ちがすべてわかるような気がするのだ。 「僕……小太郎です」 耳を伏せ、尻尾を足の間に挟んだ青年は、今にも泣きそうな顔でようやく朝日の求めた質問への答えを返してきた。

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