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第3話

大きな体を、どこか申し訳なさげに小さく丸め、青年はローテーブル前に座らされた朝日の元に台所からあれやこれやと持ってきては並べ始めた。 そんなやけに甲斐甲斐しい姿になぜか詰る事も問いただす事もできず、朝日はぼんやりと玄関へと視線を向ける。 昨夜確かに放りっぱなしにしたはずのスーパーの袋はそこに無く、袋に入っていたはずの大根や納豆、卵はテーブルの上に並んでいた。 そのままゆるりと顔を動かす。 部屋の片隅にある専用の大きなクッションに主の姿はなく、その事が先程名乗った青年の言葉が真実だと告げているようだ。 ……到底信じられるはずのない話だというのに。 「朝日さん、ご飯は食べられそうですか? 見よう見まねなのでちゃんと作れてるかはわからないんですけど、一応体に優しい物を作ってみたつもりで……」 青年はフワリと湯気の上がるツヤツヤの白ご飯を差し出す。 様子を窺うように、青年の尻尾がまたファサッファサッと大きく揺れた。 「お前…ほんとに小太郎なの?」 「……はい」 「そっか…そうだよな…なんかさ、お前見てたらいつもの小太郎と重なってくるんだよね。信じられない気持ちも、正直信じたくはない気持ちもあるんだけど、尻尾も耳も俺の知ってる真っ黒でさぁ…うん、確かに小太郎だわ」 信じてくれた!と嬉しくなったのだろうか。 ペシャンと伏せられたままだった耳はピンと立ち上がり、尻尾の動きがパタパタパタパタと激しくなる。 そんな姿がなんとも愛らしく見え、細かい話は後回しで構わないような気分になってきた。 少なくとも彼から自分への害意を感じる事は無いし、何よりせっかくわざわざ作ってくれたらしい食事が冷めてしまう。 「お前に何があったのか、後からちゃんと聞かせてくれる?」 「は、はい、勿論です。というか…僕が小太郎だって本当に信じてくれるんですか?」 パァッと明るい表情になり、青年はその端正な顔をクシャッと歪めた。 これも小太郎がご機嫌な時に見せる表情だ…と気づき、朝日はワシャワシャとその頭を撫でてやる。 その手こそが何よりも嬉しいとでも言わんばかりに、青年は朝日の手に頭を耳を額を擦り付けてきた。 藤城朝日は28歳、現在大手外資系食品メーカーの日本法人で広報の仕事をしている。 広報部ではあるが、その中にあって朝日の仕事はやや特殊だ。 新商品のプレスリリースやCM制作といった業務には全く関わってはいない。 公式HPやツイッターの更新、そして…保護犬や保護猫のサポート活動が主な活動である。 本社がヨーロッパにあるせいか、元来朝日の会社はいわゆる『社会貢献活動』に対して熱心だと言われていた。 売上の一部を緑化運動団体に寄付したり、自然災害に見舞われた地域へのボランティア派遣に尽力したりと、年間で相当額が予めその為の経費として計上されている。 そこに、企業としての旨味がゼロかと言えば、答えはノーだ。 これは現在行っているすべての活動において言える事であるが、クリーンなイメージを世間にアピールする事で、今後の自社製品の売上アップを狙っている面があるのは事実だからだ。 もっとも世界的大企業であり、元々知名度も好感度も高い会社だからこそ、これまでの活動ではあくまでもイメージ戦略としての面を重視し、直接的な利益は求めていなかった。 その会社が今、ある意味一番力を入れている貢献活動が、『保護犬・保護猫の支援』だった。 本格的なビジネスにすべくこの動物愛護活動については専門の戦略チームを作り、イメージアップ以上に実際の売上がついてくる仕組みを構築したのだ。 各地域のNPO団体と提携し、大々的な譲渡会を開催する。 朝日の会社がスポンサーになっている譲渡会で動物の里親になった人には、特別価格でペットフードを買う事のできる定期頒布会に申し込んでもらう。 この頒布会利用者であれば、引き取った猫や犬が病気になっても会社が予め契約している動物病院で割安で治療が受けられる。 資金繰りに困っていたNPO団体、保護活動に興味がありながら敷居の高さを感じていた里親希望者、品質に絶対の自信を持って新規参入したものの売上が伸び悩んでいた会社のペットフード部門。 簡単ではなかったとは言え、それぞれの立場の歯車が上手く噛み合うまでにそれほどの時間はかからなかった。 あたらしいビジネスモデルの1つと改めてテレビや雑誌で紹介された事で大きく評判を呼び、この譲渡会はアニマルキャラバンという名称で定期的に全国各地で開催されるまでになった。 アニマルキャラバンの存在に興味を持ち入社した朝日は、念願叶って広報部に配属されて以来ずっとこの活動のメインスタッフとして働いている。 そんな朝日が一目惚れし、どうしても自分で飼いたいと無理を通す事になった保護犬『小太郎』と出会ったのは、1年半ほど前のこと。 それまで開催の無かった、北関東のキャラバン会場だった。

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