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第4話

巨大ショッピングモールの駐車場を借り、その譲渡会は大々的に行われる事になっていた。 ボランティアスタッフの手で次々とドッグケージが運び込まれていく。 来場者の安全は勿論、事情は色々あれど、本当の家族を待っている犬達が少しでも落ち着いて過ごしてもらえるようにと朝日も前日の設営から走り回った。 時代なのだろうか。 連れて来られた保護犬は、そのままペットショップにいてもおかしくなさそうなチワワやダックスフント、レトリーバーなどの純血種が多い。 近年はいわゆる多頭飼育崩壊から救出された子が増えてるのだそうだ。 流行に敏感ながら、きちんとした飼育方法も考えない悪質ブリーダーが、売れなかった子犬を段ボールに積めて山中に放置するといった例も極端に増加しており、今日も血統書こそ無いが紛れもなく純血種の犬達が、会場中で愛らしくも切ない表情で新しい飼い主を待っていた。 ようやく準備を終えるという頃。 何気なく顔を上げグッと背伸びをした朝日の視界に、チラリと1つのケージが映った。 そしてその中の犬を見た瞬間に……キューーーンと胸が締め付けられる。 黒い艶々とした全身に、足袋を履いたように見える真っ白な足先。 クルンと巻いて上を向いた尻尾は、普段の施設とはまるで違う空気にも全く臆する事もなく、ユラユラとのんびり左右に揺れている。 全体的にはコロコロと丸っこく見えるが鼻面は尖って伸びているから、日本犬の血統の子犬だろうか。 それにしても…大きい。 その顔のあどけなさや足と頭のバランスを見る限り、まだずいぶんと月齢の若い犬だろう。 けれどその体はすでに紀州犬や甲斐犬などの中型の成犬並みだった。 「あの子、気になります?」 トンと軽く肩を叩かれて、慌てて振り返る。 そこには、今日から3日間続くこのイベントの共催である団体の代表女性が立っていた。 「ああ…まあ…あの子、推定で何歳くらいですか?」 「病院で検査した時に、おそらく6か月くらいじゃないかって」 「めちゃくちゃ大きくないですか!? じゃあ、柴犬かと思ったけど秋田犬なのかな? いや、それにしても大きいか……」 二人並んでその犬のケージへとゆっくりと歩いていく。 普段世話をしてくれている女性が近づいてきたというのに、その巨大な子犬は喜ぶ素振りも媚びる姿も見せない。 ただ、まるで観察でもするかのように二人の顔を交互に見つめていた。 そんな、ある意味子犬とは思えないふてぶてしいとも言える仕種に、女性はどこか困ったような苦笑を浮かべる。 「この子ね、ものすごく賢いんです。予防接種も暴れる事なく受けてくれたし、トイレのトレーニングも場所を教えただけですぐに覚えた。殆ど鳴かないし、他の子犬と一緒に入れても喧嘩にもならない。けどね…餌をあげても散歩に連れて行っても、この通り妙に淡々として可愛いげがないの」 「あ、それはあの…ほら、日本犬て気難しい所があるっていうし、簡単になつかないとか…」 「さすがに子犬のうちはそんな事ないですよぉ」 ケージの前に静かにしゃがむ女性の匂いを確認するように、子犬はクンクンと鼻を寄せてくる。 朝日も隣にチョコンと腰をおろした。 「この大きさと愛想の無さが災いしててね…ほんと手のかからないイイ子なんだけど、なかなか里親さんが決まらなくて。すっごいハンサムなんだけどなぁ…」 まるで褒められたのがわかったかのように、子犬は女性の顔を見ながらフルリと尻尾を振って見せた。 そしてついでに朝日に目を移し、匂いを嗅がせろと言わんばかりに鼻先だけをケージの外に突き出してくる。 大きさには少し驚いたものの、その丸っこいフォルムと綺麗な真っ黒い瞳、そして日本犬らしい力強く巻いた尻尾を間近にして、朝日はドキドキが止まらない。 幼い頃から、黒くて大きくて強そうな…そして優しい犬を飼う事が一番の夢だった。 いつも一緒に食事をし、共に布団に入り共に成長していく、大切な友達が欲しいと。 不幸な事情からそれは叶わなかったが、その時の思いが今の仕事に繋がっているとも言える。 小さい頃からの夢の象徴そのもののような存在の登場に、朝日の動悸はますます大きくなった。 「お前、良かったら俺と一緒に暮らしてくれる?」 思う存分嗅げばいいと、その鼻先に手のひらを差し出す。 クンと鼻を押し付けた途端、ちぎれんばかりに尻尾を振りながら朝日に向かって腹を出す子犬。 そんな姿に口をポカンと開け、驚きすぎて言葉も出ない女性の様子をよそに、朝日の頭の中は大型ペット可のマンションへの引っ越しの段取りでいっぱいだった。

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