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トパーズ・ムーン
まるで葡萄の皮みてーな空の色だな、とぼやきながら水落はビールの缶を開けた。プシュッという音と共に、白い泡が溢れ出す。
勿体ない。その程度しか思わなかった水落とは反対に、同居人は焦った顔でテーブルに広がる金色の液体を、布巾で何とか拭き取ろうとしている。
「バッカ! カーペットに零れたらどうすんだよ。あー、もうお前缶振ったろ」
「俺のせいにすんな。俺は愛しのビールちゃんにそんな無下な扱いはしねーよ」
「そう言いつつ飲むな、拭くの手伝え」
久遠が布巾にビールを吸い込ませていくおかげで、床に敷かれた灰色のカーペットに被害がもたらされることはなかった。
けれど、そのおかげで缶の中身は水落が一口二口飲んだだけで、残量が残り僅かとなった。水落はその残りを一気に飲み干して、空になった缶を『左手』で思い切り潰す。
潰れてただのゴミになるはずだったアルミ缶は一瞬虹色に光ってから、みるみるうちに小さな山吹色の石に変わってしまった。
これはトパーズだろうか。照明の光に翳して見るが、宝石の知識なんて対して持たない水落には何の石かは分からない。トパーズ=黄色という認識があるが、薄青のトパーズもあると聞く。いつまでも持っていても仕方ないので久遠にあげる。
「やる。カーペット防衛任務達成の報償代わりに」
「はいはい、ありがと」
気だるそうに石を受け取りつつ、久遠の表情は嬉しそうだ。きっと、それを使ってどんな作品を作ろうか考えているに違いない。
そんな久遠の顔を見るのが水落は好きだった。彼にとって宝石は宝物、金の元ではなくアクセサリーを作るための素材だ。だからこそ、そんな純粋な目になれる。
トパーズだけではない。ダイアモンド、サファイア、ルビー、エメラルド。どんなものも左手で握って念じれば、次の瞬間には美しい石に生まれ変わる。
宝石をこうして生み出せる能力のせいで、どちらかというと水落の人生はろくでもなかった。死にたいとは何百回と思ったし、自殺するのも怖くてできず生きる屍状態だった。
それでも、この男と出会うためだと思えば、いくらかマシに感じられる。そのくらいには水落は久遠を好いている。
言葉にするには気恥ずかしさが邪魔をしたが、彼となら死ぬまで生きていたいと願っている。
(お前がどう思ってるかは知らねーけど)
視線を再び窓へ向けると、葡萄の皮の色をした夜の空には月が浮かんでいる。綺麗だとは特に思わない。そんなロマンティックな性格でもない。
「久遠」
「ん?」
「月が綺麗だな」
どうせ、この男に日本の偉人が残した愛の言葉なんて通じやしないのは知っている。だから、これは自己満足に過ぎない。ちゃんと言わなければ、いつか愛想を尽かされるぞと心の中で誰かに言われた気がした。
分かっている。彼に嫌われることを何より恐れているくせに、「好きだ」の三文字を言うのも一苦労な自分の愚かさも自覚済みだ。
「月が綺麗って、お前がそんなロマン溢れた奴だなんて思わなかったぞ」
「知らなかったのかよ。俺はそういうのも興味あるんだって」
嘘だろ、と久遠は苦笑する。完全に馬鹿にされたと水落はむっとする。
だが、久遠が水落を見る目はどこまでも優しい。
「……でも、本当ならお前にやるよ」
「何を」
「月。あれを撃ち落としてお前にあげるからさ、ずっと俺の隣にいて欲しい」
そんなもん、なくても俺は。
水落は息を吐いて「地球滅びるわ」と毒づく。本音は心の底に沈めた。
「ついで言うと、俺は水落のためなら死んでもいいよ」と悪戯っ子のように久遠が言ったからだ。
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