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サファイアの胎内にて

二人分の体重にベッドがぎしぎしと悲鳴を上げる。自らの急所を強烈な締め付けが襲う。一気に込み上げてくる吐精感をぐっと奥歯を噛み締めて耐えた。  ここで欲求に身を任せて吐き出すわけにはいかない。色んな、意味で。  久遠は自分に股がる男を見上げて掠れた声を出した。 「馬鹿、外せ、抜け……っ!」 「はっ、外したら俺を、んっ、どかすだろーが……うぐっ」 「当たり前だろ!」  腕を後ろに回された状態で手首をネクタイで縛られたら、成人男性でも思うように体は動かせない。そんな状況で同性の水落に跨がれたら完全に手詰まりだ。  だが、久遠が慌てているのは拘束されていることではなく、水落が久遠の陰茎を自身の後孔に入れていることだ。  もう押し込んでいると言ってもいい。無理矢理侵入する形となり、ぎちぎちと締め付けられて久遠の表情が歪む。  それでも久遠は水落の方がよっぽど心配だった。  久遠の肩を縋るように掴む水落の手はひんやりと冷たく、体は痛みと恐怖で震えている。開いたままの口から吐き出されるのは荒々しい呼吸と、引き攣った悲鳴。  そして、瞳からは絶えず涙が零れている。普段の彼からはとても想像できない、こんな痛々しい姿になりながらも水落は何とか腰を上下に動かしていた。  水落の陰茎は萎えたままで快楽をまったく拾えていないのは明らかだ。 「いい加減にしろ! お前切れたらどうすんだ!」 「っるせーな……テメーはただ気持ちよく、なってりゃ……」 「……夏輝」  恥ずかしがっていつもは呼ばせてくれない下の名前を呼ぶ。わざと低く冷たさを孕んだ声。  そうすれば、水落が怯えた目をして動きを止めた。 「抜かなくてもいい。でも、ネクタイは外せ」 「く、どう」 「早く外せっつってんだろ」  外さないと嫌いになるぞ、なんて言葉が浮かぶも言わなかった。脅しであってもそんなことを言って水落を必要以上に傷付けたくはない。  水落は無言で頷くと、久遠の手首を縛っていたネクタイを外した。次に何をすればいいか分からなくなってしまった水落の頭を撫で、久遠は震える唇に触れるだけのキスをした。きゅ、と後孔が締まるので久遠は驚いた。このくらいで感じるのかと。 「抜くぞ。いいな?」 「……久遠は」  また泣きそうな顔で水落が久遠を見る。 「俺を抱いても、気持ちよくならなかった……?」 「これ、お前を抱いてるとは言わないだろ。逆に襲われてるというか。目が覚めたらいきなり縛られてるし……」 「お、俺だってやりたくてやったわけじゃ」 「知ってる、よ」  手が動かせるなら体格も力も上の久遠の独壇場だ。水落が脱力している隙を見て、水落を押し倒す。ついでに繋がっていた部分から陰茎を抜くと、水落が「んっ」と声を上げた。 「水落、頑張ったな。びっくりしたけど、嬉しかったのは嘘じゃない」 「……テメーのためにやったんじゃねーよ」  白いシーツの上に横たわる水落は抵抗する気力もないのか、顔中にキスをする久遠を受け入れている。元から抗うつもりもないかもしれないが。 「お前明らかに苦しそうだっただろ。俺のためにも水落のためにもなってねーよ」 「だって、こうでもしないとお前とヤれねーもん……」 「はっ!?」  再び涙を流し始めた水落からの一言に久遠は動揺する。それを知ってか、弱々しかった水落の声もどんどん癇癪めいたものになる。 「俺たち恋人だろ! 何でセックスしねーんだよ!? したくないの!?」 「いや、したいです……けど」  久遠は即答した。先ほどのように水落を膝の上に乗せて突き上げる光景を想像しながら、自分で欲を吐き出したことも一度二度の話ではない。ただし、妄想の中の水落はあんな風に苦痛に苛まれた表情などしておらず、快感に身悶えていたが。  正直に答えた久遠に水落は「だったら、どうして……」と拗ねたように視線を逸らす。自分ばかりが、と恥じているようにも見えた。  しかし、この展開は久遠にとっては本当に予想外だったのである。 「だってお前、前に俺が入れる側やりたいって言ったら怖いって答えただろ」 「……言った」 「だからです」 「……嫌とは言ってないんですが」  うん、言ってはないなと久遠はその時の会話を思い出す。  だが、男同士のセックスは受け入れる側の負担や羞恥がすごいと聞く。水落も普段はそういう話はしないので、あまり興味がないというか、したくないと思っていたのだ。  その考えが水落をここまで追い詰めてしまった。久遠はごめんな、と謝った。 「許すか、ボケ。どんだけ痛かったと思ってんだよ。デカいんだって……」 「デカいってとこは喜んでいい?」 「死ね」 「水落をちゃんと抱くまでは死ねない」  久遠も隣に寝転び、水落を抱き締める。あんなに冷たかった体はリラックスしたのか、熱が戻り始めていた。 「男同士でもちゃんと後ろを慣らしていけばできるよ。さっきみたいな大惨事にはならないだろ」 「……俺に頑張れってか」 「お前が怖いってんなら、やんなくてもいいよ。入れる入れられるだけがセックスでもない」 「やる」  今度は水落が即答する番だった。変なスイッチが入ったと苦笑する久遠だったが、水落は続けてこう言った。 「でも、今夜はこうするだけでいい……明日から頑張るから……」 「無理すんな。お前がいけそうな時でいいって」  言いながら久遠が水落を捕まえていた腕を離すと、水落の手が久遠を捕まえようとする。その前に久遠は豆電球を消してから捕まった。二度寝するには、この小さな光は少々邪魔だ。  もう少しで夜が明けるのか、カーテンの隙間から見える空は藍色だった。 「もう二、三時間寝るぞ」  返事はなく、水落は久遠に抱き着いたまま瞼を閉じていた。だから久遠ももう何も言わずに寝に入った。

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