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アンバー・ティー

久遠の趣味は水落や彼自身が生んだ石を使って、指輪やペンダント、イヤリングなどの装飾品を作ることだ。  それによって金稼ぎをするわけではない。何せ、本物のサファイアだのエメラルドを使用しているのである。売り物として世間に出せば大金持ちなこと間違いなしだ。  だが、実際は久遠も水落もごく一般的な若きサラリーマンで、このご時世まあまあマシな給料をもらって暮らしている。フォアグラもキャビアも食べたことはない。びっくりする美味いものではないと聞くし、食べたいと水落は思ってもないが。  本当にただの趣味である。作りたいから作って、その出来に満足して、あとはそれらが欲しい『彼ら』にプレゼントするのだ。とは言っても、向こうもタダでは受け取れないと宝石以外の材料費はくれる。最初は宝石の値段も込みで支払おうとしたが、久遠が拒否したのだ。趣味を仕事にしたくはないと言って。 (勿体ねーな)  久遠のアクセサリーは行き当たり作りばったりだ。デザイン画も描かず、構図もふわふわなままで始まってしまう。そんなことだから休憩中に「どうすっかなぁ……」なんて呟きもよく聞こえる。  なのに結局、最後はきちんと仕上がっている。こいつの頭はどうなってんだと水落が疑問を抱いたのも、一度や二度のことではない。  その実力を見せびらかすつもりはないのだろうか。宝石を生む力は誰にも言えない秘密であっても、アクセサリーを作る才能はあるんだからサラリーマンにしておくなんて、宝の持ち腐れだ。  金が欲しいわけじゃない。多くの人々が久遠の才能に目を向けてくれたら、と思う。 (でも、そうなりゃ久遠に色目使う女共が増える。そりゃ嫌だわ)  考えるだけで腹が立つ。勝手に想像して勝手に苛立ち、舌打ちする。それを聞き取った者はいない。  久遠は今、自室に籠ってまた何かを作っている。その間、水落はずっとリビングで彼の帰りを待つことにしている。  別に入ってきて見てても構わないと久遠は言うが、水落は「つまんねーからパス」と断った。嘘だ。久遠の気が散るようなことはしたくはなかった。 「紅茶……」  飲もう。水落はふらりと立ち上がり、台所に向かった。  酒好きの二人には紅茶のこだわりなんてない。スーパーで売られているティーパックで精一杯である。  水落が久遠に初めて飲ませてもらったのも紅茶だった。あの時は牛乳やら砂糖やらを容赦なくぶちこんで、本来の風味を完全に殺していたが。  やかんに少しだけ水を入れてコンロの上に置く。露草色の炎が銀色の表面を炙る。  久遠は何を使って作業をしているのだろう。いつも完成品は本当に宝石店に売られていてもおかしくはない出来だ。そんなもの、普通に考えればマンションの一室で簡単に作れるものではない。  久遠曰く、『彼ら』が材料費と共に持ってきてくれる道具がそれを可能にしてくれるらしい。水落はこの説明に納得した。『彼ら』はどう見ても人間ではない。だから、そういう普通ではない道具を持っててもおかしくはなかった。  久遠は『彼ら』とはもう十年以上の付き合いになるそうだ。まだ五年ほどしか付き合っていない水落にとっては軽く妬ける話ではあるものの、その火力を上げるほど水落も子供ではなかった。  久遠には嫌われたくはない。ずっと一緒にいたい。しかし、自分が久遠の重荷になると判断したら、この部屋から出ていく覚悟は水落にはある。  一人で生きるのは慣れている。昔のように暗くて狭い檻に閉じ込められなければ、どこでもいい。  沸騰した湯をティーパックを設置したマグカップに静かに注いでいく。ふわりと白い湯気と共に芳香が立ち込める。  透明だった湯が琥珀色に染まっていく。 「あれ、お前ビール飲んでんじゃないのか……」  ひょっこりと久遠が姿を現す。この時間だ。水落はビール缶を開けている頃だと思っていたらしい。 「……たまにはいいだろ」 「まあな。それより、水落ちょっといい?」  久遠が手にしていたのはペンダントだった。銀のチェーンと銀色の蝶。けれど、翅の一部分は透き通るような緑。ペリドットが使われているそうだ。  どうやったら、こんなものを作れるんだと呆けていると、何を思ったか久遠はペンダントを水落に着けさせた。 「はっ? てめっ、何して」 「仕上げだ、仕上げ」  何が、と困惑する水落を他所に久遠は「よし、これでいいな」と頷いて、そっとペンダントを外した。 「何してんの、お前……」 「いつも、こういうの作る時は水落にはどんなもんが似合うか考えながら作ってるんだよ。今までお前が嫌がるかもって思ってやらなかったけど、やっぱり実際に着けさせるといいな」 「い、いいって何が」 「俺が作ったもんを着けてる水落が見られる」  爆発させるつもりか、この野郎。目を合わせることすら恥ずかしくて水落は咄嗟に顔を俯けた。 「そ、ういうのは俺みたいな野郎とかじゃなくて、美人にすべきだろうが……」 「お前が言うなら、その通りにするよ。あんまりいい気はしないだろうけどな。俺も、お前も。それでもいいか?」 「……やっぱり俺でいい」  水落は緩く首を横に振った。 「了解だ」 「あと、俺に構え」 「いいよ、お前のことばっか考えてたら現物がすげー欲しくなった」  久遠の腕が水落の背中に回される。淹れたばかりの紅茶のことが一瞬頭を掠めたが、温くなっても飲めるので問題はないだろう。  今はこっちだな、と水落は久遠の肩に顎をこてんと乗せた。

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