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第4話
「その内塞がる」
けれどもそれは却下された。とても嫌そうな顔をされて。何でそんなに頑ななんだろう。あんたは親を病院に殺されでもしたのか。…って手術ミスとか救急車が来るの遅れたとか。病院関係で考えられる恨みの多くは冗談では済まされなさそうなのでこの例え話はなかったことにしよう。
兎に角、その内塞がる傷であるにしても、だ。拭いても拭いても流れ出てくるこいつをどうにかしないといけないことには変わりない。これを一言で言うなら『放っておけない』だろう。調子が狂う。いかにもやばそうな部類の人間の癖に、病院には行きたくない小学生みたいな奴で。ゾンビかと思いきや容姿端麗。あまり関わらない方がいい人なんだろうが、怖くもないしそのことをついつい忘れてしまう。
「えっと………、前髪触って良いです?」
「っん…、おい……っ?」
血がべっとり髪につくのは後からベタベタして邪魔くさそうで、軽く拭いてから鞄に入っていたピンで留めて傷口に綺麗な面が表を向くように畳み直したタオルを当てる。学校に屯する不良共には取らない距離感。それでも彼は文句を言いはしても手は出して来ないので、もしかしたら彼らより野蛮な人間ではないのかもしれない。……否、初っ端の殺人鬼みたいななりじゃあ説得力ないよなぁ。
「止血って圧迫するんだよな…。首……?」
「殺す気か?」
タオルを当て続けるだけでは根本的解決にはならない。止血のやり方を思い出してみるが、ごもっともな突っ込みが思ってもみないところからやってきた。まぁつまり、場所が場所なだけに止血のやり方が分からない。仕方ないので血が止まるまでタオルは彼に持っていてもらうことにした。
「……お前って、」
「…はい?」
「西高の人間だろ」
暫く沈黙が続いたが、彼の方から話題を振ってきた。誰かが振らなければ喋らなそうな雰囲気なだけに驚いた。
「西高」正式名称は『西ノ宮高校』。それは俺が通っている高校であり、何でバレたのかと思ったが、顎でクイっと制服を指されたので理解した。流石不良校だ。制服見ただけで身元バレとか。
「……あー、でも別に俺喧嘩強いとかそういうステータス無いんで」
「そうか」
西高の人間だから不良と思われたら敵わないので一応前もって否定しておく。俺は寧ろそいつらの顔色を窺いながら揉め事を避けている一般市民、基チキンだ。殴られでもしたら一発で瀕死状態においやられるほどの雑魚。
「……えっと、殴らないでくださいね?」
「しねェよ、馬鹿か」
―あ、笑った……―
ついでに頼んでみると、今まで仏頂面だったそいつの顔がくしゃりと綻んだ。こうやって笑うような人間だとは思わなかった。完全にこれって第一印象詐欺……だよな。不良は嫌いだがこの人とは話せるような気がした。
「――あ!アオさん!こんなとこに居たんですか?!」
俺と男の声だけが聞こえてくる空間に、突然背後から俺らのものではない声が聞こえてきた。大声で誰かを呼んでいるそいつに視線をやり、ブランコに座っていた男が舌打ちした。どうやらこの反応から察するに『アオさん』とはこいつの事らしい。青年は『アオさん』の元へ駆け寄って、彼の様に目を丸くする。……彼の様、ってよりは彼の"服"?
「うわ、血だらけ!大丈夫なんすか?!」
「嗚呼、返り血半分自分の半分だ」
「いやいや、結構それ重傷ですよ?!」
「大丈夫だ、問題ない」
「大丈夫じゃないでしょ?!早くフュンフに行きますよ!手当てしないと」
「だから、大丈夫だ」
知り合い相手でも素っ気なさは健在だったが、これが『アオさん』の普通なのだろう。青年は気にせずベタベタベタベタと彼に触って怪我の具合を確認している。それを鬱陶しそうにしているので、先この人に見つけられて嫌そうな顔をしていたのは"これ"のせいか。
余程彼はアオって人が心配らしく、俺の存在に気づいていないようなのだからそう言う性分なのだろう。まぁ……、こんな血だらけになる人心配しないのが無理な話か。
「……おい、先客だ」
「えっ?!!……あ!マジか!ごめん」
「え、ああ……や、大丈夫、です」
ペタペタ触ってくるそいつから逃げるためのダシにされたのか、アオが青年に俺の存在を知らせる。本当に気づいてなかったらしく、俺のことを視界に入れるやいなや頭を下げてきた。アオの塩対応の後でこの元気のある声を聞いているとその差で疲れそうだ。
「…あ!あんた西高の人間か。…………え、西高??」
「そうですが」
彼にも一瞬で学校がばれてしまった。凄いな西高。この服を着てるだけで俺も有名人…何て、冗談だ。彼の視線は俺の顔を制服の間を行ったり来たりしていて、信じられないとでも言いたげだ。俺"みたいな奴"が『不良校』に通っているなんて、と。その気持ち分からんでもないんだけど。だって自分で認めるのもあれだが、いかにも喧嘩雑魚そうな陰キャが不良校の制服を着ているんだぞ?何のコスプレ大会だと目を疑うのが道理だろう。
「えっと……、色々あってそこしか受験、できなくて……?」
「え、インフルとか?」
「まぁ……はい」
「っぷ……、何それ漫画じゃん」
喧嘩強いことを隠していると誤解されても嫌なので、正直に事情を話す。納得してもらえたみたいだが代わりに笑われた。わかる、その気持ちも大いにわかる。俺だってまさか自分がそんなこと経験するとは思ってなかった。
「じゃああんなとこにいたら苦労すんなぁ……。頑張れ?」
「ありがとうございます………??」
応援されてもあまり嬉しくはないが返事の仕方がわからないので当たり障りのないことを言っておく。正直に言って俺がいくら頑張ったところで絡まれるときは絡まれてしまう訳で、苦労するどころの話じゃあない。さっさと卒業したい。
「んじゃ俺はこの人拾ってくから。アオさんが迷惑かけたみたいで悪かった」
「あーいえ、良いですよ」
初対面の俺らは長々と談笑するほどの仲でも無いので、会話の区切りがついてしまうと彼の目はもうアオに映っていた。彼はそう言うが寧ろ迷惑に思われたのは俺なんじゃねぇかなぁ、とも思ってみたり。その辺はそもそもここにいたアオが悪いと人のせいにでもしておこう。あんな殺人現場みたいなとこ見たら誰だって…なぁ?
「アオさん、ほら行きますよ。立てますか」
「あー……、無理だからてめぇのバイク貸せ」
「立てないのに運転するとか言ってます?て言うか俺が歩きなんで無理です、諦めてください」
「…ッチ」
青年に向かってまた軽く舌打ちをする。余程歩くのが嫌らしい。その無精さはどうかとも思うが、怪我人に早く立てと催促する彼も彼で中々だと思う。なんだかんだでバランスが取れているとも言うんだろうか。
幾ら待っても立ち上がろうとしないアオにしびれを切らしたらしく、青年が手を差し伸べる。さっさとしろと言わんばかりのその瞳に睨まれて観念したらしい。そいつはポケットに突っ込んでいた左手を差し出した。ギィ…、とブランコが軋む音が鳴りながら、彼は青年に引っ張られて立ち上がる。アオの左手には何故か手袋がはめられていた。
「……おい」
「…はい?」
「…………タオル、また今度返す」
「え、ああはい」
去り際に、律儀にも俺に例を言ってきたそいつ。タオル返してくれるのはありがたいけど一回血だらけになったものだしなぁ…洗っても真っ赤になったままなら返してくれなくても大丈夫です。もうあんたの止血用にどうぞ使ってやってください。…なんてこと律儀な人の前では言えず。ま、返すと言われてももう会うかも分からない――俺って学校バレてんだから向こうはいつでも会いに行けるじゃん。本人がそこまでして返す気があるかはさておき。
「…後、二度と俺に近づくな」
「はっ?」
それでも、見た目不良だけどそこまで宇宙人じゃねぇかもって感心したっていうのにその直後の爆弾発言で台無しだ。す…っげーイラッと来た。「近づくな」って何なんだ。何で俺が命令されないといけない?て言うかタオル返すって言ったあとでそれって矛盾してない?もしかして返すのは人任せとか?はいはい言われなくても俺から近づいたりしませんよ。…と、こんな風に心の中で文句一杯吐き捨てて、ついでにこいつのほっぺた叩いてやる。…実際にやったら俺が殺されそうだからやらないけど。とにかくこいつの株はただ下がりだ。
「ちょ、アオさーん?!!そんな言い方ないでしょうが!!」
「…っで、」
「ごめんな?!ほらアオさんも謝る!!」
「…ふん、」
「アオさーーーん?!」
……が、そいつの隣にいた奴から拳が躊躇なく飛んできて、アオが頭を押えるところを見て少しスッキリした。俺の気持ちを代弁してくれたその拳にありがとう。
まるで母親のような説教に「俺は悪くない」と言わんばかりにそっぽを向いたそいつの代わりに彼が頭を下げる。そしてそのお説教は終わりを知らず、彼らが公園の角を曲がって見えなくなるまで続いた。それからどのくらいの間アオがお説教を聞くことになったのかは知らないが、彼の背中が小学校の餓鬼大将に見えたのは心の中にしまっておく。
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