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第3話

今日もアオトさんと周回したり学生の本分である勉学に励み。無事絡まれることなく学校での時間を過ごし、帰り道も何事もなく終わる筈だった。 ―え、うわぁ……何だあれ…?― …そうだったのだけれど、家に帰るためには必ず通る公園――その、小さな遊具で溢れた場所には、全く似合わない成長期をとうに過ぎた男がブランコに座っていた。しかも髪は藍色で派手。ここからじゃあ見えにくいが、何やら肌が赤色に染まっている部分もある。 馬鹿でも分かる。どう見たってそいつは面倒事を背負っていて、見てみぬふりをしても良かった。けれども頭に残るそいつの様はあまりにも場所的にも不釣り合いで気になってしょうがない。普段なら避けて通っていたがその不自然さにどう言う訳か磁石に引かれるように足の向きが変わっていた。 そいつを近くで見てみて、赤色――血液が想像よりも付着していることに気がつく。暗い色のシャツでもついているのが薄っすらと見える。どこの三流ゾンビ映画だと、あまりに広いその色が占める面積に、一瞬くらりと目眩がした。返り血なのか怪我なのかは知らないが、どっちにしたって目の前の男がやばいやつなことには変わりない。 乾き始めているその液体が邪魔そうで、そして同時にこのままだと通報されそうで。この場合俺が殺したように見えるんだろうか。それとも殺人犯と遭遇した少年に俺は見られるのだろうか。 このまま逃げようとも思った。だってどう考えても良い方向に転ばない。怖いし。けれどもし、この血がすべて目の前の男のものであるのなら確実に救急車を呼ばなければ生死に関わるだろう。じゃあこんなところにいるなよとも思うが、その可能性を捨てきれない上で見てみぬふりをするのは気が引けた。リュックにタオルがあるのを思い出し、近くの水道でそれを濡らす。 「――?――……」 そして濡らしたタオルを持って男の目の前に立つと、俺に気がついたそいつが顔を上げて口を開いた。ぱくぱくと開閉するそこから音を聞き取ることはできず、代わりに聞こえるのは砂嵐。そこでヘッドフォンの存在に気がつく。日常的につけているとどうにもその存在を忘れてしまう。 一旦少し音量を下げて、外の『雑音』に耳を澄ます。それから一度道路の方に目を向けて、交通量も確認する。今は車もあまり通ってなくて、下校時刻がずれているからかここを良く通る小学生の笑い声も聞こえてこない。この程度なら『防具』を外したって、少しなら耐えられる。けど、もしそうでなかった時や、目の前の男の声への不安、恐怖で俺の手はそれを拒絶する。結局はそいつから流れてくるものを"無"にして、壁一枚残すことにした。 「ゾンビみたいになってますケド」 「あぁ…?…っ、」 早く用件を言えと言わんばかりに睨んでくるそいつの頬に付いた血液を、つい先濡らしたタオルで拭き取る。薄い青色をしたそれが赤色を吸収して、綺麗な肌色に戻っていく。これだけ血がついていても、怪我らしきものは見つからない。案外相手も相手で大人しく拭かれているんだから殴られる心配はなさそうだ。 「病院に行ったほうがいいんじゃあ?」 「余計な世話だ」 俺の提案に彼は俺を睨む。殺気の籠もった目にゾクリと悪寒が走ったが、それは反射的なものであってあまり怖いとは思わなかった。それは俺が不良校に通うお陰であろうが、"一般"とかけ離れた『慣れ』が少し悲しくもあり。 壁越しでも分かる、こいつの低くて男らしい声。例えるなら和太鼓みたいに頭にずっしりと響きそうな声だった。その声を直で聞くことが酷く恐ろしく、ついつい保険をかけたくなる手が携帯に伸びそうになったのを寸で耐えた。 改めて、もう一度良く男の全体を見てみる。この血が仮に殆どが他人のものであったにしても、ここまで酷いとなると彼が無傷で済んでいるはずがない。幸い近くに病院もある。そこで診てもらったほうが良いのかもしれない。それなのにこの男は行きたくなさそうで、ブランコに座ってゆらゆらと揺れている現状が不思議でたまらない。そんな奴に「余計な世話だ」と言われる筋合いはないだろう。気にかけられたくないのならこんなところに居なければいいものを。 「こんな状態の人見て気にならない方が変じゃないです?」 「…っぶ…」 暴言を吐いてきそうな彼を無視して、タオルで顔を拭き続ける。やっと顔だけはちゃんとした色に戻った時にはタオルが綺麗な真っ赤に変色していた。左頬が殴られたのか擦れていたが、見える範囲ではそれ以外に怪我はなさそうだ。 ―キレイな、目― 先まで血だらけで良く見えなかった顔が露わになり、自然とそいつの瞳に目が行った。色素が薄いわけでもなければ逆という訳でもない。日本人らしい焦げ茶色の瞳。けれどもそれがキラキラキラキラ。瞳の中に星が埋め込まれてるんじゃないかと思ってしまうくらい、綺麗な輝きを持っていて。光の反射具合が関係しているのだろうか。例えそうであっても、この人の目は、惹かれる何かを確かに持っていた。 「…?何だ」 「……いえ?」 不思議そうに声をかけられ、我に返る。その事実に俺自身が驚いた。たかが『眼』にこんなにも魅了されていたのだから無理もない。彼の瞳から逃げるように視線を逸らすと、本当に自分が彼の目しか見ていなかったのだと気がついた。じっくりと見なくてもこの男の顔はかなり整っている。それこそ100人に聞いても全員が「格好良い」と答えそうなくらいには。それほどの容姿の良さを遅れて知った自分に笑えさえもした。不良じゃなければ毎日毎日女に囲まれてそう……否、実際不良ってレッテルがあってもモテているのかもしれない。 「……あ、」 初期ステータスって不公平だよなぁって思いながらそいつを見ていると、たらりと、どこからか彼の瞼に液体が伝い、赤色の直線を引く。せっかく綺麗になった顔を再び汚すそいつの出所を探ろうと、前髪を退けてみて、見つけた。生え際に大きな傷。転けたのか何かの拍子にぶつけたり、引掛けでもしたのか。なるほど、そりゃあ顔面が真っ赤になる訳だと一人納得した。 「…やっぱ病院行きません?」 その怪我を前に口元が引き攣るのを感じながら、俺は二度目の提案を持ちかけた。

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