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第2話
社会の枠の外に放り出された人間というのは、意外と少なくない。そもそも「社会の枠」とは何かと定義するのは少し面倒だが、たぶん、俺は社会の枠から放り出された人間の一人だ。
「ねえ、蒼生 ~。ごはん、まだ? はやくごはん食べて、蒼生とエッチしたいなあ」
「……料理しているときは近づかないでって言ってるはずだけど。危ないよ」
今の俺の飼い主であるマリも、たぶんそう。彼女は中学生の頃、付き合っていた七歳年上の彼氏に夢中になりすぎるがあまり家出をしたが、結局彼氏に捨てられてしまった。しかし、家出をする際に家族と大喧嘩したこともあり、彼氏と別れても実家に戻ることができず、援交を繰り返すことで生計を立てていた。現在は風俗嬢という職業に落ち着いているが、所謂「本番」を繰り返していたせいで妊娠と堕胎を繰り返し、子供が産めない体になってしまっている。色んなクスリをやっているらしく、時々会話が成り立たない。
「でもね、私、ほんの少しの間でも蒼生と離れているのがいや。邪魔しないから、こうしてずっとぎゅっとしてちゃ、ダメ?」
「……怪我しても知らないよ」
「うん、気をつける!」
俺がマリに飼われたのは、三ヶ月ほど前からだ。
俺は実家に住んでいた頃、毎日のように親に暴力を振るわれていた。いつもは耐えていたが、酒瓶で殴られて大怪我を負った時、衝動的に家から逃げ出した。けれど、まだ高校生の俺は一人で暮らしていく術などない。冷静に考えればもっと頼るべき機関は存在していたのだが、命からがら逃げてきた俺に判断能力などなかった。気付けば、十歳も歳の離れた女性であるマリに拾われていて、そして今も彼女の愛人として家に住まわせてもらっている。
彼女との生活は平穏なものだった。学校から帰ってきたら、部屋の掃除をして、洗濯をして、彼女のごはんを作る。主に夜に仕事をしている彼女とはすれ違いが多かったが、時間が合えばずっとセックスをしていた。
実家に住んでいた時よりは、ずっと楽だった。けれど、幸せかと問われれば、うなずけないと思う。
鉛 のような、人生だった。
空虚なセックスで繋がれた命。何度体を重ねても彼女の体温を知ることはできず、俺自身の聲 を見つけることはできない。燃えるような感情 を知りたかったのに、どんなに粘膜を擦り合わせても、肌を火照らせても、心臓の真ん中は冷たいままだった。
「蒼生、ずっと一緒にいようね」
「ずっと、って具体的には?」
「私が、死ぬまで」
「俺がマリと添い遂げるほどの価値がある男とは思えないけど」
「そんなことないよ。だって、蒼生と一緒にいるとすっごく幸せだもん」
「幸せな人間が、リストカットなんてするの?」
「これは、癖だから。私は、幸せだよ。蒼生。ねえ、蒼生は違うの?」
たぶん、俺はずっとこうして生きていくのだろう。
永遠に、鉛のままで。
マリは結局、俺が新しいクラスに入ってから二週間後くらいに自殺して、俺の飼い主は別の人になった。それからも俺は、点々と、飼い主を変えてずっと生きていた。
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