「なるべく人死にを出さぬように、戦を勝利に導くことでございます」 　理想的な曲線を描く細い眉が不審そうに寄った。この国のみならず、周辺の国が信じる戦いの神の像、それは雄々しい男性ではなくどちらかというと女性的なしなやかさを持った男神だった。 　感情に流されるとされる女神ではなく、男性の理知と武力を持ちながらも臨機応変さを兼ね備えた存在だ。 　かつてこの国を救ったとされる英雄が美しい女と見紛うほどの容姿で、その彼が死した後に天上へと昇ったとこの国の「歴史書」は伝えている。その英雄が神として祀られているのがこの神殿で、聖神官はその英雄に似た容姿の者が選ばれて見習いとなり、その後神事にも長けた後に――そして成長してもなお、その戦いの神と似た容姿を保っていた場合に限って――聖神官となる資格を得ることが出来る風習だった。 　そして禊とは、その神の現し身という意味を持つ聖神官と一つに繋がることで勝利を約束してくれると信じられていた。 　数瞬の間、紫の絹で仕切られた空間には静寂が漂った。神殿らしい厳かではあるものの、どこか艶めかしい香りだけが二人の間を隔てている。 「それは珍しい頼みごとだ。しかし、興味深い。 　禊が終わった後に詳しく聞かせて貰えると――神が降りて来られるやもしれぬので」 　名工が魂を込めて彫り上げた大理石の彫像のような花の容貌に英知を感じさせる薄く引き締まった唇が仄かな笑みを浮かべている。 　その綺麗な容貌と薄い紫の絹を纏ったしなやかな立ち姿に、跪まずいていたファルスの視線が――聖神官の礼を失しない節度は保っていたものの――釘付けになったようでどうしても動かせない。 　それがいにしえの神に対してなのか、目の前の聖神官の男らしくはあったものの、極めて美しい容姿のせいなのか彼自身にも分からぬままで。 「禊を行う用意が整ったようだ。付いて参れ。我が名はキリヤ、聖神官の長をである」 　弾かれたように顔を上げたファロスはその神々しいまでの美しさに見惚れながらも意外さを隠せない。 「聖神官様の長でいらっしゃいますか。今宵は出陣の前の、王様もこの神殿に祈念なさりにおいでです。 　そのような大切な夜に参謀ごときがキリヤ様のような尊いお方から禊を受けられるとは望外の幸せです」