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第12話
そして、キリヤ様が頷く度ごとにともし火に照らされた銀の額飾りが本当の月よりも綺麗で繊細な光で瞬いている。
紫の褥に横たわって悦楽に染まった肢体も艶美ではあったものの、この怜悧で繊細な容貌、そして思慮深さが神秘の深淵に似た眼差しが彼本来の姿ではないかと思ってしまう。
「この壁の地図はキリヤ様が御自身でお書きになられたので御座いましょう?」
この部屋はキリヤ様の私室なので、他の者の手を煩わせたとは考え辛い。
「そうだが……。他の聖神官相手にうっかりと漏らしたその国の現状などを得た情報とか、私自身も同じように寝物語で聞いた物も含めて記入している」
神官が――聖神官ではなく――お布施の多寡によって、その夜のお相手を決めるということも知っていたし、神官が定めた人と禊をするのが聖神官の役目だ。
聖神官は神官の言葉に逆らえないのも知識としては知っていた。そしてキリヤ様も神事という大義名分が有るにせよ、結果的にはそこらの男娼と同じ行為をしている。
そのことがファロスの胸を焦がしてしまっていた。
「不思議ですね……。神事には紫、そして表向きの神殿の象徴は太陽、そしてこのような席では月なのですか?」
神殿は戦勝祈願の聖なる場所としてファロスの国ばかりでなく周辺国からも深い帰依を集めている。
ただ、それはあくまで戦神のこの世の具現たる聖神官と一夜を共にして神の加護を受けるというその一点にあった筈だ。
それなのに、キリヤ様はこれほど精密な地図を作っている点から考えて戦神との肉体関係を結ぶのみとは思えない。
「今、私の口から詳しいことは言えない。ファロスが『戦死者を最小限にして』戦に勝った暁に打ち明けるかも知れないが」
薄紅色の唇が躊躇いがちに言葉を紡いでいる。
「そうですか……。では戦に勝った暁にはもう一度参っても良いと……。そしてその時には全て教えて頂けるということですか……。神殿にまつわる全てのことを。――もちろんご存知の限りで構いませんが――」
戦神の加護を得るために神事と称して褥を交わす、それだけが聖神官の役目だと思っていただけに、キリヤ様の「もう一度」がただ話をして終わりなのか、それとも肌身を交わすことなのかも判然としないのがもどかしかった。
「許されるならば……」
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