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第16話
「左様でございますか。確かに我が国は農産物も豊かですが、確かにこのその二国よりも特筆すべきは貿易でもたらされる富ですから。
となると、沿岸部、特に港辺りでの戦は避けるのが定石ですね。
やはり、この三国の国境沿いの――そしてこの神殿にも程近い場所でもある――フランツ王国の大平原を戦の場所に決めていると考えたのが正解でした。
ただし、この辺りは峻嶮な山が多いために二国連合軍は密集しての行軍を余儀なくされます。
その要所である、こちらで」
壁に掛かった大きな地図の、神殿に程近い場所を指で押さえた。
「神殿もそうですが、急峻な山のせいで霧も発生しやすくなる上に、地の利は我が聖カタロニア王国が最も詳しい――と思っておりましたが、キリヤ様が作られたこの地図の方が更に緻密に出来ております。この軍勢が通るはずの道の上に我が国の山での戦にも慣れた少数精鋭を既に潜ませております。この辺りです」
キリヤ様が頷く度ごとに銀の精緻な月を象った額飾りが月の粉を撒くように動いている。
「先程までは晴れていたが、この辺りはファロスが言う通り高い山なので天候が変わりやすい。我が神殿には気象を事細かに分析して筆記する係りの神官も居るので、霧がかかる可能性が高いのは何時か早速問い合わせてみよう。
エレアは控えているか」
聖神官見習いはどうやら常に傍にいるようだった。
「はい。お呼びですかキリヤ様」
扉の向こうで声がした。
「神官ガストル様に次の濃霧が何時になるか聞いて来て欲しい」
そう命じたキリヤ様が純白の絹に包まれたしなやかな肢体を翻してファロスへと向き直った。月の光にも似た純白の艶やかな絹がキリヤ様の薄紅色に染まった精緻な容貌を引き立てていて、その上気した素肌がエルタニアの宰相とも褥を同じくした証しのようでファロスの心をかき乱してしまっている。
「既にほとんどの軍勢は合流を果たしていると聞いているが、霧に紛れて山から馬で駆け下りて攻める積もりなのか……。敵が一か所に集まっているのは『天の利と地の利』の二点で我が国が有利に働くが、しかし、それでも死傷者は少なからず出るであろう?」
キリヤ様は興味深そうにファロスを見上げた。
「俗世間から離れた聖神官の貴方様がそのようなことをお考えになっていたとは思いも寄りませんでした。戦神の加護をその身で――与えるのが務めだと思っておりましたので」
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