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第24話
「有難う。ファロスがいれてくれたのかと思うと一際、美味しく感じる」
ジャスミン茶を味わうキリヤ様の微笑みは無垢なあどけなさに満ちていて、ファロスを幸せな気分にさせてくれた。思いの外長引いてしまった神殿での「神事」だが(戦など始まらなければ良い)と思わせるには充分過ぎる時間だった、出陣の時刻は刻々と近付いていたものの。ファロスが特別に招かれた神殿の奥まった場所に居るので――何しろ聖神官長の私室に招かれるという別格扱いは聞いたこともない――想像でしかないが、どれだけ高貴な参詣人も自分の城なり館なりに帰る時間が過ぎている。
確かに禊の神事は、ある意味、娼館で行われる「行為」と同じといえばそうとも言えるが、男娼が居る店のように泊りの客などは居ないというのが常識だった。
「急峻な谷に既に上っている選りすぐりの騎兵の――馬で駆け降りることなど容易な騎士達ですが――片方の隊長にはなるべく大きな石を探して落とすようにと手紙を書きたいと思っています」
キリヤ様の森の中の泉のような涼しげな瞳が嬉しそうな感じで煌めいている。銀の額飾りも頷きと共に精緻な月の光に似て瞬いていた。
「谷に配置した騎兵は二隊だろうな、当然。
挟撃する策ではなくて、一方はなるべく大きな石を多数使って道を通れなくするということか」
テーカップをテーブルの上に置いた、長くしなやかな指を薄紅色の頬に当てて考え込んでいる風情も月の精のように綺麗だった。
「左様でございます。馬の扱いに長けているとはいえ、谷を駆け降りる際には不測の事態も招くのは必定――その覚悟は皆が出来ている上で、ですが――そして道に降りた瞬間から戦さが始まるのでございますから、死傷者は当然出ます。それを極限まで少なくするために石を使うという方法は、キリヤ様とこうして語らっているという、この上ないほど光栄な時を過ごせて考え付きました。早速城に戻って文をしたためます」
ファロスの熱を帯びた口調にキリヤ様の微笑みも煌めきを増している感じだった。
「国王陛下はファロスの策に同意して下さっただろう。だったら、この神殿から使者を出しても良いのではないか?
幸運というか、必然というかこの神殿には山を知悉している人間も多いので、ファロスの署名入りの手紙があれば事足りる」
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