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第23話

「有難う。ファロスがいれてくれたのかと思うと一際、美味しく感じる」  キリヤ様の微笑みは無垢なあどけなさに満ちていて、ファロスを幸せな気分にさせてくれた。思いの外長引いてしまった神殿での「神事」だが(戦など始まらなければ良い)と思わせるには充分過ぎる時間だった、出陣の時刻は刻々と近付いているものの。  それに戦神を祀る神殿の内部とは到底思えないほど、キリヤ様の個室は居心地が良いと感じるのはファロスもよく親しんだ書物や羊皮紙の香りと共に掃除は行き届いてはいるものの適度に散らかっている部屋の雰囲気だろう。神々しくも美しいキリヤ様の外見とは異なって、精神的にはファロスと似た点があるに違いない。 「今までの戦さはいわゆる戦力で押し切る方法でした。しかし、兵士をいたずらに死傷させるのではなくて、最小限にとどめるのも国を疲弊から守る道だと思っております。実際に戦い、そして討ち取られる可能性が最も高いのは農民兵ですから。  今回の私の作戦が上手くいったら――峠から攻め降りるのは騎士階級の乗馬兵、ああ、その損害をもさらに防ぐ策も思いつきました」  ファロスの作戦とは、まず山道の細い道で密集して行軍している両国の捕虜を捕まえる。  その捕虜達に両国の諍いの種を蒔いて充分に発芽したと見計らった上で釈放なり、ワザと逃亡させる。――と、ここまではファロスの主君でもある、聖カタロニア王国国王のモルデーネ陛下にも奏上し、裁可を貰っていた。  しかし、この厳粛かつ寛いだ空間と、それに何よりキリヤ様の存在や的確な相槌が最も大きな理由に違いない。それに彼が教えてくれた様々な情報によって。  そもそもファロスがこの神殿に訪れたのは単に禊と呼ばれる戦神の恩寵を受けるためで、それはこの国だけでなく周辺の国にも広く行き渡っている「神事」の一環に過ぎない。それだけの心づもりで参詣に訪れたのに、キリヤ様――いや、戦神を祀るだけのいわゆるお飾りの神殿にしか過ぎないと考えていたのはファロスの心得違いだったようだが、その「誤解」というか「擬態」に各国が気付いていないのだろう――モルデーネ陛下すら何も知らない様子だったので、この神殿の実態を知る者は数少ないのも事実だろう。  ファロスはそれらを知りたい気は充分以上に有ったものの、まずは戦を片付けてからだと思いなおした。

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