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第27話

「どうされましたか……」  キリヤ様の方へと歩み寄った。かなり広い机上も部屋全体と同じように適度な乱雑さが却って人間味を感じさせるような気がして好ましかった。 「いや、霧の中でも読めるように、発光性を混ぜたインクの在り処が、思ったところにはなくて……」  周到な配慮には感嘆の意を覚えたが、その後の言葉につい笑みを浮かべてしまう。 「気象担当の神官様がいらっしゃるまでに見当たれば良いので、ゆっくり探して下さい。ご厚意に甘えているという自覚も有りますので……」  キリヤ「様」と敬称付きで呼ぶのが躊躇われるほどの慌てた雰囲気が、先程までの神々しさではなくて、身近なものに感じられるのもファロスの心を弾ませた。  神事でもある禊への対価というか寄進の額は、相場以上を差し出したが聖神官のキリヤがそのような細部まで知らされているとも思えないし、その上王族などは莫大な金子を寄進しているとも聞いている。それでも禊しか受けられないのが普通で、キリヤ様の私室にまで呼ばれた上にこうして的確な意見を貰ったり、どの国にも中立であるハズの神殿の神官見習いを我が国のために使って貰ったりと度の過ぎる特別扱いには感謝と同時に困惑を禁じえなかったが。  ただ、乳母か母親を探す幼子のような感じで目を見開いて細い指で羊皮紙の束を探ったり、心当たりの場所に行ったりしているキリヤ様は純白の絹の装いも相俟って咲き初めた白い花のような初々しさでファロスの視線を釘づけにするには充分過ぎるほどだった。 「キリヤ様、夜明けと共に霧が深くなるというのがガストル神官のご意見でした」  神官見習いのエレアの声が扉越しに聞こえた。夜も更けているせいか、それとも他に決まり事でもあるのかファロスには分からなかったが入室を請うようなことはせずに用件のみを伝えてくれている。 「分かった。有難う。エレアも休むと良い」  キリヤ様の細腕では持て余す書物が――と言ってもこの国では当たり前の大きさだったが――うず高く積まれている机の横側でため息を零しているキリヤ様の手伝いをしようとファロスは歩みを進めた。  体力よりも知力の方が優れているという自覚は有ったファロスだが、キリヤ様一人で奮戦するよりも二人で力を合わせた方が良いに決まっていたので。

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