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第36話
深更を過ぎた神殿のキリヤの私室は食事も終えてなんだか妙な雰囲気になっている。
もともと神殿の奥深くなので静まり返った場所ではあるが、キリヤが感じたのはファロスの静謐な存在を意識してしまうことだった。
「そろそろお暇した方が宜しいですよね……。お言葉に甘えてお食事まで頂いて……しかもこうして親しく語り合えて本当に得難い時間でしたが」
ファロスの言葉にも名残惜しそうな響きが宿っている。
「助修士が無事に戻って来るまで待った方が良くないか」
この得難いひと時をまだ続けたいと思ってしまうのはキリヤだけの我がままなのかもしれないが。
「そうですね。確かに私が書いた手紙がきちんと届いたかを確認した方が良いかと思います。お邪魔でなければもう少し居させて頂きます」
ファロスの言葉に思わず笑みが浮かんでしまう。
「私がエルタニアの宰相から聞いた話などを基にして……」
ファロスの端正で彫りの深い顔が暗い影を宿していることに気づいてしまったが、それが何故かは分からなかった。
「はい、宰相殿の名前はシュターゼルでした。その御娘が第二妃として寵愛をカサに着ている上に、第二王子に王位をと目論んでいるとのことですよね。長期的に見れば頭に欠陥がある第二王子が即位することによって国の政治は滅茶苦茶になることは必定。
そういう王が隣国に君臨する方が我が聖カタロニア王国に望ましいとも言えます。少なくとも娼館通いのご乱行にのみ熱心だという噂ですので、戦さにも、そして国内政治にも熱心ではないだろうと予測されます」
ファロスが形の良い指を顎に当てて考えている様子が灯火の光に浮かび上がるようだった。
「第二王子はユリヤスとおっしゃるのだが、確かにご当人が政を執ればそうなるだろうな……。ただ、宰相殿は祖父君という立場の後見人になる野望を持っているので、今のように、我が国の港を狙って戦さを起こしてくる可能性の方が高い。
今夜神殿に参ったのも、王の代理と言っていたが、感触としては王をけしかけた張本人のような気がする」
キリヤもファロスへの禊ぎの後だったので、心はファロスへと傾いていた。だから普段の神事の時以上に聞くべきことを――「中立のはずの神官」として怪しまれない程度に――聞き出していたのも役に立ってくれて本当に良かったと思う。
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