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第37話
それにこの神殿に訪れる周辺国の統治者やその側近から漏れ聞いた聖神官達の情報が、聖神官長たるキリヤの元に集まってくる。
その情報を神官長を始めとする重鎮達へと――聖神官としての役目を全うした中で特に優れた人間が選ばれる――細大漏らさず報告するという、世俗の人間のあずかり知らぬ内情があった。
「なるほど、それではやはり、今のうちに宰相殿を始めとする『簒奪勢力』を叩いておく必要がありますね」
ファロスと会話していると百戦錬磨の――といっても「中立を保ちながらの傍観者」の立場だ――神官長と話しているよりもお互いの会話が湖に張った氷のように滑らかに進むのも快かったのも事実だ。
夜も更けた上に明日の戦さに備えて早く休む必要があるファロスをついつい引き止めてしまうような話題を選んで唇にのせていることも。
「そうだな。今回の同盟は明らかにエルタニア主導だ。だからこそ逆にフランツ王国へと重点的に揺さぶりを掛けた方が良いと考えるが」
ファロスは薄く形の良い唇の口角を上げている。
「私の家来にフランツ王国出身の人間が居ます。我が国の言葉も割と流暢に話すのですが、やはり生まれた時から馴染んだモノは特別らしく、捕虜に言うべき言葉をその者に言い含めておきます」
キリヤは感心した感じで長く細い首を縦に振った。額飾りの銀の月が本物以上に精緻で綺麗な光を放っている、束の間の。
「自国民ばかりを家来に持つ貴族が多いと聞くがファロスは異なるのだな」
ファロスのことは何でも知りたくなってしまうのは、キリヤがファロスに特別な想いを抱いているからだろうと思う。
「ええ、言語が異なれば、私が最も得意とする作戦立案を伝達するのにも支障をきたします。ですので、周辺各国出身者を好んで召し抱えております。
ただ、神殿とは異なる点があるとすれば、元農民などのいわゆる下賤の者達で――ただ、今回の場合は捕虜も騎士ではなくてそういう身分なので、却ってその言葉の方が信用されやすいかと考えています――神殿にいらっしゃるのは王侯貴族ばかりですので、情報の質ですね」
当然ながら農民とか大工のような人間が自国のことをあまねく知っているわけではない。そして身分が異なれば話し方も異なるのも事実だった。
「そうだな……。私だってこの神殿に引き取られるようになる前には下町言葉を話していた」
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