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第42話

「騎兵隊の隊長にしかと伝えたそうだ。途中で不審な人間に会うこともなく道中は何時もも通りだったようだ。歩みなれた人間なのでその辺りにも抜かりはない」  キリヤの華奢な身体がしなやかに歩み寄ってきた。 「有難う御座います。我が兵の損耗も心配でしたが、元々が死をも覚悟の上の選りすぐりの者達です。それよりも中立の神殿の方を巻き込んでしまわないかと案じておりました」  力攻めではファロスのような気苦労はしないだろうが、その代わり人死にが出る。 「こういう戦の仕方では参謀殿の気苦労は計り知れない  キリヤ様の月の雫にも似た眼差しに見詰められると心が高鳴った。 「いえ、そういう思いを分かって下さる方がいらっしゃるだけで充分です。霧も出そうな感じですか?」  そろそろ神殿を出て、王の元へと赴かなければならない。戦に遅れるような無様な真似は絶対に避けなければならないと理性は告げる。しかし、ファロスとしては離れがたかった。窓の外を見た後に振り返ったキリヤも怜悧な眼差しを切なそうに揺らしながら首を縦に振っている。月の光よりも静謐な額飾りが別れの切なさを雄弁に物語るかのように煌めいている。 「では、そろそろ退出させて頂きます。過分な御計らいに感謝致します」  頭を大きく振って、その想いを断ち切る。 「ファロス……神のご加護がよりいっそう深まるように、これを……」  キリヤが細くしなやかな指に銀の額飾りを持ってファロスに歩み寄ってきた。 「有り難きお心遣いっと」  ファロスも断腸の思いだったが、キリヤも焦ったような足取りで歩み寄ったせいで、衣の裾を踏んでしまって上体が傾ぐのを抱き止めた。 「済まない。少し、このまま」  ファロスの身体に凭れかかったキリヤはその存在を確かめるように腕を背中に回している。 「ご加護ならば……口づけをも頂けますか……?  この額飾りは必ず私自身がお返しに参りますので……」  何だか身を焼くような焦燥感に駆られてそう告げた。  瞳を閉じるのも惜しむような感じでキリヤの幾分冷たい唇がファロスのそれと重なり合った。  唇で、そして眼差しで惜別の念だけではない「熱い想い」を伝え合うかのような口づけを交わした、束の間の。  背中にキリヤ様の指の強さを余韻のように感じながら、神殿の長い通路を教わった通りに歩んだ。  重ねた両掌の中にはキリヤ様の額飾りが月の雫よりも精緻な光を放っているのを肌で感じながら。

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