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コインランドリー・デートスポット

曖昧なバランスで成り立つ関係性を壊した久坂を今更突き放すことができないのも、ばれているんだろう。 だったらこんなこと言ってこない。試すような質問ばっかり投げかけて、佐倉の本心を浮き彫りにする。 卑怯でずる賢い、俺の。 「やっぱり僕達はあの中だけで、終わっておくべきだったのかもしれない」 痛む頭を堪えながら佐倉は勢いよく久坂の胸ぐらを掴みあげる。我慢の限界だった。 何も言わないくせに全部言わせようとしてくるそのずるがしこさに。例えようのない苛立ちに後押しされて引きつった形相を浮かべた。久坂ならこれぐらいあやすように避けられたのに為すがまま壁に叩きつけられる。 悔しさに浮かんだ涙を拭う権利が自分にはまだ無い事を思い返し、持ち上げた左手を下ろす。それを決めるのは彼だ。久坂ではない。まだ未来がある佐倉が決めなくてはいけない。 「そんなことない、って言って欲しそうな顔すげぇしてる」 「そうだよ。君に言って欲しい。君だから僕に言って欲しい」 久坂は久しぶりに本音を吐き出す。鳴り止まない頭痛がその言葉で少しだけ緩和された。惚れたら負けだなんていうけれど、この場合ならどっちが先に負けたのか教えて欲しい。 「・・・・・・なかったことにしたくない。ここだけじゃなくて他のところにも久坂さんと行きたい。映画とか、公園とか、もっと遠くまで。知らないこと全部教えて欲しい」 佐倉の顔はもう涙でぐしゃぐしゃだった。大の男が何を泣いている。自嘲とは裏腹に、久坂の服の裾を指で摘まんで弱々しく引っ張る。この人は自分が求めないと何もくれない。 だったら、したいことをそのまま伝えれば良いだけだ。幸せになる方法なんて案外簡単な事だったらしい。 「うん。僕も佐倉君のことをもっと知りたい」 「なんで俺こんなにアンタのこと好きになっちゃったんだろ」 「それは僕が君のことを好きになってしまったから。言っただろ、僕は意地が悪いって」 こういう意地の悪さだとは予想も出来なかった。捻くれた返事を重ねる前に、ふと久坂が外を見る。結露に覆われた窓ガラスからは温い日光が差し込んできている。いつの間にか雨は止んでいた。タイミングが良すぎると佐倉はまた頭を抱えたくなる。 運命だと思えば引っかかりは残るが、納得して飲み込むことにしよう。佐倉よりもっと捻くれた久坂と並んで歩くなら、大事なことだと思うから。 「そういえば佐倉君のアパートの洗濯機って直ったの?」 「まだまだ時間かかるみたいなんですよ。だから、しばらくコインランドリー通いになりそうです」 「あれ、ここだけじゃなくて他のところにも行きたいんじゃなかったっけ」 「この場所も好きなんです」 久坂は今まで存分に佐倉を煙に巻いてきた。だから佐倉も煙に巻いてやったのだ。本当はとっくに新しい洗濯機が来ていることなんて教えてまだやらない。 洗濯物が少なくても訪れる回数を変えなかった事も、暇つぶしの参考書はお飾りになっている事も。久坂の服から、佐倉と同じ柔軟剤の匂いが漂うようになったのは、多分気付いているだろうけど。 「今日帰り道警察に捕まったら怖いから佐倉君ついてきてよ。途中まででいいから」 「途中まで、でいいんですか?」 「・・・・・・参ったな。今度は僕が手玉にとられそうだ」 fin.

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