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まずは自己紹介
さっそくだが俺、足立千晴はヤクザの家に生まれ育った。
人に胸を張って言えない職業、出歩くマッポ(警察)はすべて敵。
裏社会では闇に浸かる人間は大抵知っているような巨大組織だ。何でも俺の親父がやり手だったらしい。一代で爆発的な成長を促したんだとか。まあ、その親父は俺が物心ついたころに急にぽっくり逝ってしまった。正直顔もあまり覚えてない。
空いてしまった組長の席には、俺ではなく兄貴が座った。
兄の菊次は父の才能をちゃっかり受け継いでいて、着々と組を巨大化させていってる。残念ながら俺には裏を生き抜けるスキルは与えられなかったみたいだ。
よくもまあ、継ぐ気になったものだ。年の離れた兄を見て思う。俺は絶対やだね。普通の日常ってものを送りたい。血なまぐさいおっさん達を従える器量も気力もございませんので。
小さいころからいかついおっさん達に囲まれて過ごして、思春期に入ったころから異変に気付いた。普通は命を狙われたりしないし、浚われそうにもなったりしない。ましてや家の中を血まみれの男が闊歩するたびに買い替えられる玄関マットに「今回は三週間か」と感じたりしないのだ。
ただでさえ精神が崩壊しそうな光景なのに、顔面が厳ついおっさんだらけとかもう勘弁してほしい。せめてダイナマイトなバストの美女を頼む。オールチェンジだ。
名が知れるってのは厄介なことで。足立組を知っているクラスメイトがいたのも厄介だけど。そいつのあだ名が「おしゃべりスピーカー」だってのも厄介だったな。いるよね変なあだ名つけられてるやつ。
すぐさま俺が足立組の人間だってばれた。小学校に入学して1週間もたたなかった。
俺のことを言いふらしたおしゃべりスピーカーのその後はよく知らない。急に転校していった。兄貴が何らかの圧力をかけたんじゃないかなって今になって思う。物騒すぎるが後の祭りだ。
転校したせいで、俺が恐れられる存在であるべき事実が濃くなった気がした。
俺は小・中学時代友達らしき友達がいなかった。根本的なハブられ方だった。
ぼっち最高とか言えるほどメンタルは強くない。寂しい。質のいいボールを与えられてもパスをする相手はいつも校舎裏の壁だけだ。今日は嫌いなブロッコリーが入っていないなぁと胸を撫でおろすだけの給食。無茶苦茶だ。ゆがんだ幼少期を送ったら多少口が悪くなってしまったのもうなずけてしまう話である。
高校に入ってから、極力俺が足立組の者だとばれないように気を使って生活した。
その甲斐あってか、友達って呼べるような人間関係も増えたし、時々遊びに誘われたりした。これぞ日常ライフ!満喫すべき学校生活!
このまま何事もなく早く卒業して、闇の世界なんて薄暗いところから逃げ出したい。暖かい日光があたる日当たりのいい場所に家を借りてのんびり過ごすんだ!
俺の人生設計はだれにも邪魔させない。まずは大学を卒業してそこそこいいマンションを借りる。二十代半ばで素敵なお姉さんと出会い、籍を入れ子どもと奥さんと三人で一戸建ての家を買う。
これからがスタートなんだ。血とぼっちから解放された光の道が眼下に広がっている。
過去なんてなかったことにして、俺は前へ進むんだ!
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