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アンダーウェアに理想論
もめ事はあったが、二人は黙ったまま目的地であるタンスを見下ろしていた。同時に落ち着き払った溜息をこぼした。
この中に、彼らが望む下着が潜んでいる。
そう考えると全身の血管が破裂しそうなほど強い興奮が襲ってくる。ここまで来て、緊張するものないだろうに。あとは手に入れるだけ。単純で重要な過程を、行えばいい。
「ついにだね。甲斐田さんとやっていけるのかって心配してたけど、そんな必要なかったみたい」
「始めてみたとき、だらしのない男だと思ってましたが、見かけによらないものです」
今にも硬い握手をせんばかりの異様な雰囲気だった。長年共に努力をしてきた友人同士のような関係性を錯覚させるが、勘違いしてはならない。この二人は変態であるうえに、断じて友人でも健全でもない。高校生のパンツを盗もうとしている成人男性という事実を。
「んじゃ開くよー」
赤松が動き出す。ゆっくりとした動作だが確実にタンスを開こうとその手を伸ばした。
この中に、望みに望んでいた獲物が入っている。長年の夢が開花するのだ。甲斐田も知らぬうちに生唾を飲み込んで乾いたのどを潤した。
「何をしている」
冷たく凍りきった声音が場に雷鳴のように轟く。響いた、ではなく轟くと表現するのがふさわしい。自分たち以外誰もいないと思っていたはずの部屋に、第三者の声が現れた。
その声に、彼らは比喩ではなく本当に冷や汗を流した。
恐る恐る振り返ると、ドアにもたれかかり煙管を吹かす男。現代社会において珍しい着流しスタイルが彼の威圧感を援護している。瞳だけは南極の氷を連想させるほど冷え切り、人間としての感情の損失を思わせた。
「あっ……組長……」
赤松が呟きをもらした言葉に男、菊次は体を起こす。たったそれだけ。自然な動きのはずなのに暴力の猛者である赤松と甲斐田の全身が硬直した。菊次は無表情で静かにドアを閉める。逃げ道を塞がれた二人の世界から光が消え、命の灯までも失せようとしている。
「覚悟はできてるな?」
なにが、とはだれも聞かなかった。聞くまでもなかった。重度の弟思いである彼が今からすることを考えるのは、難しくはない。
菊次は最愛の弟の私物を盗み出そうとした長身の男たちを一瞥する。とりあえず殴る。殴ってからどうするか決めよう。煙管の火を消し、一歩近づく。
その日、赤松と甲斐田の姿を見たものは誰もいなかったという。
「………あれ?パンツ2枚ない気がする………?」
帰ってきた千晴が首をかしげたのはまた別の話。
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